"C" is for Carina. 〜Cは CarinaのC〜




いたましや、不幸なる星よ
美しく、きららに輝き、
行き悩む舟夫に行くえを照らしはすれど、
神にも人にも報われもせで。





――― なるほど、君は私に、この姿を見るか。

長い髪、薄い水色の服の少女。
一瞬、アイツかと、見間違い。
南!と、思わず、呼びかけようとした俺に返されたのは、不思議な言の葉だった。

(この姿を、見る?・・・どういう、ことだ?)

「違う・・・南、じゃないのか」

それはそうだ。
あいつが、こんなところに居るはずが無い。
もし、居たとすれば、それは・・・。

ふいに、よぎる嫌な感触を無理に追いやって、俺は、よくよくと、その少女を見る。

「君は・・・誰なんだ?どうして、こんなところに」

人、ではない、だろう。艦内とは言え、こんな服装で。
・・・誰かが喚び出した悪魔なのだろうか。
俺のデモニカの悪魔データ機能では未だ見たことが無いが・・・。

俺の戸惑いを楽しむように青い瞳を向ける、白い肌、金の髪の少女。

膝下まである柔らかそうなワンピースと、長い髪が、妹と見間違わせたのだろうか。
それとも、その雰囲気、が。

「私の名は、ルイ=サイファー」
「ルイ=サイファー?」

・・・やはり、聞いたことが無い。

「誰かの、悪魔なのか?」

ふ。
「その呼び方は、あまり、好ましく、ない」
機嫌を損ねたように視線を逸らす、その拗ねたような仕草まで、よく、似ている。・・・アイツと。

「・・・そうだね。この地をシュバルツバースと名づけた博士に敬意を表して」
視線を戻さないまま、いいことを思いついたように楽しげにそれが言う。

「”Ich bin der Geist der stets verneint!”、とでも言っておこうか」
「・・・え?」
「”全てを否定する霊”、だよ。ホクト」

その表現は、読んだことが、ある。・・・確か、ゲーテの『ファウスト』。
ファウスト博士が初めて悪魔メフィストフェレスと会った時の、悪魔の台詞か。

――― では、やはり、この少女は、悪魔?

戸惑う俺に、再び向けられる、青い瞳。
口元だけを上げた、笑っているような、そうでないような曖昧な表情。

アイツも、よくこんな笑顔を、していた。
辛いとも、苦しいとも、一言も弱音を吐かない、強くて優しくて哀しいアイツの得意な、顔。

俺の思考を読んだように、その少女は静かに質問を返す。

「君が、私に見る姿は、君の救いになるのか。それとも」
――― 脅威に。

暫し考えて、俺は返す。
「・・・両方だ」

その答に満足したのだろう。嬉しそうに、少女は微笑む。
「なるほど、両方、か」
・・・そうか。そうでなくてはね。『迷い、努力する人間』よ。

難解な、幾重にも意味を含むような言葉。やはり、見た目と中身は、違う、のか。

「・・・それより、一つ聞いても、いいだろうか」
「何だね」

ずっと気になっていたことを、訊ねてみる。

「俺が、”君に見る姿”、とはどういうことだ」
「ふふ。・・・私は見る者によって、映る姿が異なるのだよ」

「映る姿が、違う?・・・変化する、のか?」
「その者が、私に求める姿、にね」

日常の崩壊に戸惑い迷いし青年達には、その迷いを払拭し道を提示するに相応しい姿を。
破壊と再生の輪廻を巡る哀れな魂には、無邪気にその非情な業を与えるに相応しい姿を。
幸せな箱庭で恵まれて生きる少年には、共に語り、戦い、甘やかしてやるに相応しい姿を。
自らを呪い、己の種の滅亡を願う一族には、救いとなり破壊者となるFliegengottを。

「Fliegengott?」
「ドイツ語で、蝿の王、のことだよ。このクルー達はドイツ語がお好きなようだから」

蝿の王。・・・アイツの話で、聞いた、ことが、ある。
確か、それは。

「・・・では、つまり、君は」

言いかけて、俺は止める。
南にどこか、よく似た彼女を、"堕ちた星"と、呼ぶことは、俺にはできなかった。

言い換えて、俺は続ける。
「つまり、君は・・・今は、俺のCanopusなわけだな」

カノープス。
カリーナのα星。
今、俺たちが居る南半球では。確か。

「ふふ。上手いことを、言う」
行く先を照らし示す、水先案内人、かい。
さすがに、私を、初めて”この性の容”に見た人間だ。

ご機嫌な調子で、俺の水先案内人は恐ろしい言葉を告げる。

「だがホクト。どうやら、人間は自ら危機を招き、いよいよ滅びの時を迎えるようだが」
私が、滅びへの水先案内人、とは思わないのかい?

その問いに、俺は首を横に振る。
「それを、決めるのは俺達だ」

なるほど。
此処に私を呼んだのはどうやら、君のようだね。
そして、この姿を与えたのは君の意志と、彼女達の影響、だろう。
此処は、”母”の地であるからね。

分からぬ言葉を続ける彼女の姿が、揺らぎ。
あ、と。慌てたような俺に、それはゆうるり、と微笑んだ。

楽しみに、待っているよ。ホクト。

――― 君が、

「混沌と秩序、どちらに与するの、かを」
君こそが、他の人間たちにとっては、北極星( ポラリス)だろうからね。・・・北斗(・・)

「・・・」

気付くと、少女の姿は、もう無く。
幻覚でも見たのか、と、笑いとばしながらも、どこか心配そうなヒメネスが、俺の肩を叩く。

適当に誤魔化しながら、彼女が俺にしか見えなかったことに、今はどこかホッとしながら。
どこかで聞いた詩を、俺は思い出した。

「・・・”いたましや、不幸なる星よ”、か」

また、会えるだろうか。

――― 神にも人にも報われぬ、俺の、美しい、星。








Ende

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北極星は、言わずとしれた「航海の指針」となる星。
カノープスも、シリウスに次ぐ明るい星で、名前からしてやはりそういう意味合いだそうで。
主人公名を”北斗”とした管理人の卑怯さがちょっとずつ垣間見える創作に。orz。

閣下のあの御姿の件は、アバ王で、彼らにはベルゼブブに見えていたようですし、
言葉遣いはアレだわ、名前はそのままだわ、お胸は○○だわで、
どうやってフォローしようと思っていたら、こんなことになりました。

そして、目標(主ルイ)に向かって着々と?