"C" is for cat-and-dog. 〜Cは cat-and-dogのC〜



「あ、お兄ちゃん。来てくれたんだ」
「ああ、どうだ。調子は」
「悪くないよ〜」

にこ、と笑うお前の嘘を俺は知ってる。
新しく投与を始めた新薬の副作用は強い、はずだ。

辛くても、そうやって笑ってくれるお前を見ていると。
時々、思う。こうやってあらゆる手を尽くしてお前に生きていてほしい、と思うのは。
俺のエゴでしか、無いのじゃないかと。

「あれ?・・・これは?」
枕元の書籍が増えている。・・・宗教関連、か?
知らず眉を寄せた俺に気付いたのか、お前はおかしそうに笑った。

「大丈夫。変な宗教に引っかかったわけじゃないから」
そうじゃなくて、逆。
「逆?」

「敵を知らずに戦えないでしょ?ちょっと勉強しようと思って」
調べてみると面白いよ〜、ほら、お父さんが死んだり、私が病気になったりとかでさ。
「表現悪いけど生ゴミに群がるハエみたいに、いっぱい宗教の勧誘が来たじゃない?」
ああ、と俺は苦々しく返す。

こんな不幸が来るのは前世がどうの、壷のご利益がこうの、我が神を信じれば救われるの、
いや我が会に寄進すれば、このような病気など即座に宗祖様が治してくださるの。
・・・それこそハエタタキで叩いてやりたくなるほど山のように。

「たとえば、ほら、この名前」
パラパラと本をめくり、お前が指差したのは有名な神の、名前。
その名前をそのまま使った宗教団体があるほどの。

「これが、何だ?」
「ほら、説明読んでみてよ」
言われて本を読んでいく・・・。

「・・・え?この名前って、後世の人間が誤解して勝手につけた名前、なのか?!」
「そうらしいよ〜」
間違った神の名を団体名に使うってさ。私達はこの神様のこと実はよく知りません〜。勝手に名前を借りただけの似非宗教団体です〜って自ら宣伝してるみたいなものよね、お兄ちゃん!

そう、お前はクスクスと笑う。

「だからさ。前からしつこく勧誘してくる相手に聞いてみたんだ。どうして嘘の名前なのって」
「お。お前、そういう危ないことを・・・!」

宗教関係は善人のような風情で、裏を返すとその信念の為なら平気で非人道的なことをする輩が居る。その悲しい事実を、俺たちは既に何度も目の当たりにしている。

「平気だよ。『こんな失礼なことを言う人がいるんですけど』って、聞いたから」
「・・・」
忘れてた・・・。こいつはこういうやつなんだ。我が妹ながら末恐ろしい。

「・・・それで、どうだったんだ」
「えーっとね。例えて言えば」
「例えて言えば?」
「赤点取って夏休みに補習決まった子が言いそうな言い訳してた」
「・・・は?」



◇◆◇



「ホクト!」
揺り動かされて、ハッ、と俺は気付く。

「やーっと、起きたか。ホクトにしては珍しくぐっすりだったな」
「ヒメネス」

そういえば、ミッションの合間の仮眠中、だったか。もう、交代の時間、だな。
「ありがとう、起こしてくれたんだな」
微笑む俺に、いや、と照れたような声が返ってくる。
ぶっきらぼうで乱暴で。わざと周囲の反感を買うような言動を取るコイツは。
本当は、とても、優しい奴だ、ということを、もう俺は知っている。

「大丈夫か、どっか苦しいのか?」
起き上がっても、どこか、ぼう、としている俺に更に声が続く。

「いや。・・・ちょっと、夢を見ていて」
「・・・そっか」(ち、体調が悪いのかと思って、焦って損したぜ)
「え?」
「い、いや。そ、それより、夢って、アレか?女の夢か?」

「・・・そう、だな(アイツも女と言えば女だ)」
「・・・へー」
「ヒメネス?」
先に行くぜ、と言い残した彼の言葉はどこか固かった。



◇◆◇



「だから、艦内では悪魔を出さないでって、言ってるでしょ!何度言えば分かるのよ!!」
「そっちこそ!危険性は無いって、何度言わせるんだ!少しぐらいいいじゃないか!」

身支度を済ませて部屋を出ると、聞こえてくるのは。
・・・今やレッドスプライト号名物となりつつある、例の二人の言い争いだ。

・・・またか?
と、声に出さないで、周囲の皆を見ると。
まただ・・・。
と、諦めたような視線が返ってくる。

キャンキャン、キーキーと言い合う二人を見ながら。
昔にも、こういうやりとりを見た気がするな。
アレは確か・・・ああ、高校のクラスの学級委員長と問題児、だったか、と思いだすホクトに
狙いすましたように、とばっちりが飛んでくる。

「もう!あなたからも何とか言ってやってちょうだい!ホクト!!」
「なっ!!どうして、ホクトに話を振るんだよ!!ゼレーニン!!!」

(そりゃー、お前が素直に言うこと聞くのが、ホクトだけだからだよ、ヒメネス)
(さすがゼレーニン。滞在期間が短いのに、よく観察してるよなあ)

周囲の心のツッコミは、当然ながら言葉には出されない。
出されないが当事者以外全員同じことを思っているのはデモニカの高性能のお陰ではない。

「・・・」
だから、どうしていつも俺にこういう仲裁が振られるんだ。
昔のクラスでも確か、副委員長の黒川君!あなたからも言ってやって!とか言われたなぁ。

脱力しながらホクトはとりあえず声をかける。

「とりあえず、バガブーは戻してやれ。ヒメネス」
「なっ!ホクト」
「教育に良くない」
「・・・」
こんな醜い言い争いを見せるのは、と続けなくともヒメネスはその心遣いを理解する。

そして。
ふふん。ほら、御覧なさい、と言いたげな彼女にも声がかけられる。

「ゼレーニン。・・・俺は、悪魔を仲魔、だと思ってる」
「ホ、ホクト?」
「ああいう経験をした君の感情も分かる。あと、艦内での秩序も守るべきだと思うが。
全てを、毛嫌いするのは、それもまた、良くないと思う」
「・・・」

「彼らの助力のお陰で、生き長らえているのは事実だ。俺も・・・君も」
「で、でも、あの時に、私達を助けてくれたのは」
「“彼”、も、悪魔だ。ゼレーニン」
「え?」

「天使、とする説もあれば、悪魔、とする説もある」
「そ、そうなの?」
「そうだ。(その証拠に彼の名が持つ意味は)」
「え」

しばし、逡巡して、ホクトは言わないことに決める。
その意味は彼女が自分で決めるべきなのだ、そう思う。
いずれにせよ、ヒトが勝手に決めた名であることには変わりないのだから。

「それより、二人ともいいかげんにしてくれよ。犬猿の仲って、こういうのか?」
「ケンエン?」

ヒメネスとゼレーニンがきょとん、とする。
あれ、と。ホクトが周囲を見回しても、反応は同じだ。

「ええと。翻訳が上手くいってないのか。英語では、ほらあれだ」
cat-and-dog 。

その熟語を言い終わった瞬間に、周囲が大笑いを始め。
当のお猫様と、お犬様は、失礼な!と言わんばかりに毛を逆立て。

「・・・」
monkeyとdogにしなくて良かった、と、心の底からホクトは思った。




◇◆◇



「赤点取って夏休みに補習決まった子の言い訳・・・って、何だそれは」
「『学校とは本来学習する所なんだから、わざと補習になってやったんだ』」
「・・・ものすごい論理だな。(とってつけた、と言わんばかりだ)」

「それと同じこと言ってたよ」
「・・・どんな」
「『本当の名前を使って欲しくない神様だから、わざと嘘の名前を使っているのです』」
「・・・」

絶句する俺に、そんな感じでさ、とお前は笑った。
知識があればあるほど、人の作った宗教の嘘がよく見えるよ、お兄ちゃん、と。

「他には、そういう面白い話はあるのか?」
「そうだね〜。あ、これ!この悪魔、面白いよ」
「Mastema?・・・マスティマ?聞いたこと無いな」
「マイナーだもんね。ええっと、一説によると天使、らしいよ」
「悪魔なのに、天使、なのか?」

「うん。ほら。悪魔って元々、神様に救いを求める人々を増やすために作られた概念でしょ」
「・・・そうなのか」
「そう説明している本、多いよ。・・・怖いモノがあると救ってくれるモノが欲しくなるもんね」
そう言うお前の声は少し、暗い。お前を怖いモノから救ってくれるモノは、居るのだろうか。

「ほら、西洋の教会建築のあちこちに悪魔が居るのは、その為らしいって」
昔、家族旅行したときには、どうして神様の教会の中に悪魔の彫刻が?って思ったけど。

そういえば、とホクトも思う。
まだ父親が居た頃の海外旅行。幼かったお前はあの彫刻を見て、怖いよ、と泣いていた。

「けど、矛盾してるでしょ?全知全能の神様がどうして悪魔の存在を許してるのかって」
「・・・ああ」
「だから、『悪魔も神様が造ったものだ。ヒトをより成長させる為に』って説明を付けて」
「・・・これもまた、すごい論理だな・・・」
「うん。だよね〜。だから、このマンセマットは」
「マンセマット?」
「マスティマのこと。そういう呼び方もあるみたい」

だから、彼は、悪魔という形態を持つ、神の遣い、なんだって。
そうやって、人間を試すために使わされたモノ。だから、天使。
そういう「すごい論理」があるんだよ、お兄ちゃん、とお前は笑っていた。

あんな話を。
このミッションに発つ直前に俺に話してくれたのは。
何か、思うところがあったのだろうか。

でも、今、それは確実に俺のこの、進む足取りを守って、くれている。



◇◆◇



ホクト?と、黙ったままの俺を気遣わしげに、猫と犬が聞いてくる。

怒ったのか?と、心配げな二人に、いいや、と笑って返す。
それより、とっとと仲直りしてくれよ、と促すと。

・・・悪かったよ、ゼレーニン。ちょっ、と、感情的になりすぎた。
・・・わ、私も、悪かったわ。ヒメネス。

いつもより素直な言葉の応酬が見れて。
レッドスプライト号の面々は、ほっと溜息を付いた。



◇◆◇



「だからさ。悪魔も天使も神様も仏様もさ。結局は同じだよね、お兄ちゃん」
「同じ?」
「受け取る側の気持ち次第」

正しいと思えば正しい。信じようと思えば信じる。それを決めるのはいつも自分。
そういう意味ではさ。全財産取られても神様のお役に立てたって思えればそれはそれでいいのかもしれない、って思うよ。私にはとても真似できないけど。

「人間を試してくれる、この悪魔で天使なありがたいコレの名前の意味を見て、そう思ったの」
「名前に意味、があるのか?」
「うん。ほら、ウリエルだったら、神の光とか言う意味、でしょ」
エルが、神のって意味らしいから。

「ああ、それでエルの付いた天使が多いのか。ミカエルとかガブリエルとか」
「そうだよ。一つ賢くなったねぇ、お兄ちゃん!博識な妹様に感謝しなさい!」
「茶化すな、南。・・・で、そのエルがつかないマスティマだかマンセマットはどういう意味なんだ?」

「・・・」
「・・・南?」
「・・・『 憎 悪 』だよ。お兄ちゃん」
「・・・」
「悪魔への憎悪なのか、神に従わないヒトへの憎悪なのか、それ以外なのか、分からないけど」





◇◆◇




「じゃあ、そろそろ探索に行ってくる」
遅くなったな、と焦る俺に、気にするなと、周囲が暖かな言葉をくれる。

その言葉に礼を言い、俺は、先へ進む。
医療班に癒してもらった身体で、ラボで造ってもらったモノを使って。

俺たちを救うのは、神なのか悪魔なのか。
俺たちを憎むのは、神なのか悪魔なのか。

でも、今の俺を支えてくれている、一番強いモノは。
神でも、悪魔でも無い。

この人間の仲間達と、お前の言葉、だ。




(どんなことでもさ。ほんと、受け取る側の気持ち次第だね、お兄ちゃん)

ああ、ホントに、そうだな。・・・南。





Ende

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※この創作はフィクションですw!

「憎しみ」という名を持つ天使様。素敵ですねぇ。あのメガネ?もw。

いや、ネタバレしているつもりは無いのですが。(だってこれ書いたのはCの頃)
神だ悪魔だ天使だの関連書籍ばっかり読んでいる管理人は、うっかり知らないうちに根幹的な
ネタバレをしているのではないかと、いっつもビクビクしています。

あと cat-and-dog じゃなく、Cold War を使おうかと思ったのですが。
いやまて、宗教問題だけでなく、政治問題まで増やしてもと・・・。