"G" is for Grace. 〜Gは Graceの G〜




The world shall soon to ruin go,
この世界はもうすぐ滅び去るだろう

The sun refuse to shine;
太陽は輝きを失うだろう

But God, who called me here below,
けれど私をこの穢れた地から呼び出してくれる神は

Shall be forever mine.
永遠に私のもの


"Amazing Grace" より







ふん、と。
感情をなるべくこめないように心がけたような溜息が聞こえ。

「さながら"Amazing Grace" と、でも言ったところかしらね」
溜息に続けて、どこか冷めた声で、ゾイが言う。

「あ、それ、私も知ってます。有名、ですよね」
綺麗な曲の賛美歌、ですよね、と、少し遠巻きに"天使となった彼女"を眺めるメイビーが言う。

彼女達の視線の先には。
ギョ・・・いや、天使化した、ゼレーニン。
元々、その知性と美貌に惹かれていた者はもちろん。
いわゆる"神"への信仰心を持っていた隊員達の多くは、彼女の取り巻き、と化している。
今も、神の恩寵を目の当たりとし、己も救われることを望む・・・言い方は悪いが他力本願な者達が、文字通り彼女の周囲を取り巻いて、彼等にとってありがたい御言葉を得ようとしている。


そこから、少し離れた、ゾイとメイビーの横。ほぼ同じ立ち位置で、ホクトも思う。

「・・・」
なるほど、"アメージング・グレイス"・・・か。と。

その美しい調べと、"わざと日本語に訳さなかった"と思われる耳障りのいい響きの題名のお陰で、 商業主義過多な日本の結婚式場で使われない日は無いだろう、と思われるほどの有名な曲。

(amaze が 「驚く」、grace がこの場合「神の恩寵」だから。
日本語にがんばって訳すと「驚くほどの神の恵みよ」・・・か)

・・・確か、人生を転落し、奴隷商人にまで落ちた、身も心も穢れた男が改心して、作った詩。
穢れきった自分を救いたもうた神に心から感謝し、"神に"永遠の信仰と忠誠を捧げると誓う歌。

(クリスチャンでも無いのに、あれを平気で結婚式でかける奴の気が知れないぜ)
従兄弟の結婚式でかかっててさ、聞き取れた歌詞が気になって調べてみたら、面白くてさぁ。

・・・そういって嗤ってた皮肉屋の友人が居たな。
同じ大学を目指してた、成績学年トップの級友。賢いけど、少し考え方が、変化球だった。

(それかさ。新郎か新婦のどっちかか、両方が、これまで色々やってきて、 それだけ穢れきってますけど、って、自ら暴露してるわけかな?・・・"人身売買"してましたって比喩でさ)
だったら、評価してやるよ。大したブラックジョークだ。

(に、してもさ。"神に"永遠の忠誠を誓う歌だぜ。その時点で宗教心の無い奴はアウトだろ?)
妻よりも夫よりも神様が一番です!って、誓ってるんだぜ!
結婚式でいきなりアンタは本命じゃないのよ!って、宣言してどうするよ!

――― ああ、それに、知ってるか、黒川。実は、他の言語じゃさ。あの歌・・・。


「お前まで、アレルイヤ、ゼレーニン様!か?ホクト」
ふいに、かけられた声に回想を断ち切られ、
ん?と、振り返ると、彼女と対照的な"彼"が皮肉な笑みを浮かべている。

ああ、そうか。ヒメネスにどっか、似てたな、あいつ。・・・皮肉屋で。
黙ったままの俺が、きょとん、とするのを見て、ヒメネスがホッとしたように笑う。
その表情じゃ、麗しの天使様に見惚れてましたってわけじゃ、全く無さそうだなぁ、と。

「あら、ヒメネス。調子はどう?」
「最高だぜ、ゾイ。この体になってからは、な。・・・しかしアンタも大した女だな」
アンタとホクトぐらいだぜ。
この体になったオレに、前と変わらない態度取ってるのはさ。

その言葉に、彼が登場してから、どこか緊張しているメイビーが、びくり、とする。
「ああ、悪ぃ。嫌味じゃないって。・・・お前さんの態度が普通で」
こいつらが、むしろおかしいんだ。

気遣うように笑う、彼の笑みはむしろ無邪気だ。

「まあ、失礼ね!ヒメネス」
メイビーへの心遣いと分かって、ゾイはわざと怒ってみせ。
気遣われたと知る、メイビーは、彼を傷つけたと思って、哀しげに俯き。

俺は。
彼の腹を殴る振りをして。
「おかしくて、悪かったな」と、笑ってやった。

取り込まれた"彼"の影響だろうか。以前の"人"だったヒメネスよりも、今の彼の方が。
どこか、優しいな、と思う。

(・・・人よりも悪魔の方が優しい、なんて、おかしい。だろうか。
けれど。たとえば、"彼女"は、"人"であった時の方が、きっと、優しかった)

あの、時。彼等にとって、命を奪われることと、想いを奪われること。
人にとって、どちらが残酷だったのか、という問いに。
俺の答えは、まだ出せない、けれど。


「で、どうだ。俺が平気なお二人さんにとって、あの天使様は」
ご感想を聞きたいね、と訊ねるヒメネスに。
そうね、とゾイが考え込む。

「どちらも、身体検査をしたいところね。・・・じっくりと。・・・フフフ」
「・・・ホントにアンタは大したヤツだよ・・・」
「・・・」
今のは明らかにメイビーを気遣ったジョークでは無いと判断した男2体が背筋を冷やす。

「あら、そう脅えないでちょうだい。でも、冗談抜きで。私にとっては、どちらも同じよ」
「・・・どっちも、人じゃないだろ、ってか」
冷徹、とも思える台詞に、ヒメネスの声が少し、硬くなる。

「広い意味で言うとそう、だけど」
「ゾ、ゾイ!」
全く歯に衣着せぬゾイに、メイビーが焦った声をかけるが、
それに全く頓着せず、淡々とゾイは言葉を続ける。

「要は、何らかの新しい特性を得ることで、これまでとは違う能力を扱えるようになった」
つまり、デモニカを装備した人間と同じ、でしょう?
だから、私にとっては同じよ。貴方も彼女も、他の人間も。
ただ、デモニカは私も情報があるけれど、貴方と彼女の特性には情報が無い、というだけ。

そう笑う、ゾイに、ヒメネスは小さな声で、ありがとよ、と礼を言った。


「で、ホクトは、どうだ?」
アレが天使になる時に、その場に居たんだろ?オレん時と、いい、お前も災難だよな。

「・・・」

俺は、お前がそうなることにも、彼女がああなることにも、納得できなかった。
そして。
今も、して、いない。

でも。
他に道は無かったのか、俺はいつも何もできないのか、ただ、そう思っているのだ、と。
そう答えることは、ヒメネスに対してもゼレーニンに対しても、失礼なようで。

「まだ、分からない」と。

俺は、それだけをヒメネスに、返した。



やがて、周囲から請われたのか、彼女が歌を始める様子が見て取れる。

「おお、お取り巻きにせがまれて、恐ろしい歌謡ショーが始まるぜ」
じゃ、またな。ホクト。オレはおっかねぇから、逃げるぜ。

そう言って立ち去るヒメネスの背中を追うように、流れる、天使の歌声。

うっとりと聞き惚れる取り巻きたちを、やはり離れた位置から見ながら。

「まあ、つまりは、歌のとおりよね」、と。
人も悪魔も天使も同じだと言い切った、潔すぎる女医はポツリと呟いた。






She has no less days to sing God's praise
彼女が神への賛美を歌わぬ日は無い

Than when she first begun
彼女が歌い始めたその時から




◇◆◇






「残念です。ホクト」
でも、たとえ恩人をこの手にかけても、我が神への道は貫かなければ。

目の前に居る、”審判者”は、涼やかな声で淡々とそう語る。
何かが、おかしくて、俺は、小さな声で、歌う。
昔のクラスメイトが教えてくれた、別の歌詞の"アメージング・グレイス"を。

「ホクト?何を、歌って・・・?これは、賛美歌、ですね。では、今になって心を改めたと?」
どこか嬉しげなゼレーニンに、今度は、聞こえるようにはっきりと歌ってやる。

「違う・・・。私には分かる。これは賛美歌ではない。歌詞が・・・これは、ドイツ語?」
「同じ曲、だけど。違う歌詞なんだ。ゼレーニン」

君が目指した平和的解決と、俺たちが目指した平和的解決が。
平和、という美しい響きは同じなのに、中身は全く、異なるように。

「では、仕方ありません」

そう、感情の無い言葉を告げて、彼女は戦闘体勢を取り。

俺もまた。
仲魔に指示を、出した。




◇◆◇




――― ああ、それに、知ってるか、黒川。実は、他の言語じゃさ。あの歌・・・。

「『Aufwiedersehen,ihr,freunde,mine♪』って、言葉で始まるんだぜ」
「他の言語・・・どこだ?」
「ドイツ語だよ」
「・・・お前が、わざわざ言うってことは、結婚式に不向きなんだな」
「不向きも不向き。切るやら割れるやらに匹敵するスゴイ歌詞だぜ」
「・・・何て意味なんだ」
「聞きたいか?」
「ここまで言ったんだ。さっさと教えろ」




◇◆◇



やがて。決着はつき。

倒れ付した彼女だったモノを見ながら。
もう一度、俺はその歌詞を、呟いた。


(『Aufwiedersehen,ihr,freunde,mine』はな
――― "さようなら、私の大切な人"って、意味だよ。黒川)




「・・・アウフヴィーダーゼーエン。・・・ゼレーニン」
――― 俺の大切な、仲間。






Ende

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本当に、ドイツ語では、そういう歌詞なんです・・・。そんなに暗くは無いんですが。
※原文は「彼女」ではなく、「我等」です。We が主語。

以下反転

い、いや。・・・既に結婚式で使われた方、ホント、す、すみません・・・。
ほら!日本の結婚式はノリですから!どんな曲を使ってもいいじゃん!とは、私も思ってますです。
た、ただ。教会の関係者はもうちょっと本当の意味を教えてあげてもいいんじゃないかと・・・。
そうか!知らないうちに神に永遠の忠誠を誓わせているのですね!素晴らしい作戦ですね!!

・・・・・・ホントすみません。

ちなみに、某女性シンガー様のアルバムは、意味が分かってて出したんだと思っています。
実は私の身内で同じ病気の者が居ましてですね・・・。
闘病の果てに見出した領域は、どれだけ、美しかったのだろうと。