「……少し、調整したいことがあるから、しばらく、休みにしよう」
少し前から、調子があまり良くないライドウを慮ったか、煌天が近いからか、あるいはその両方か。
……もしくは違う何かの、理由があるのか。
いずれにせよ、どこか強張った表情で、珍しく固い口調で、じゃ、とりあえず解散、な、と
告げる主の、提案と言う表層を持った命令に、首を横に振るものは誰も居なかった。
『……で、ライドウ。お前はまた、どうしてこんな時にまで』
と、ゴウトが愚痴るのも無理は無い。
今、ライドウとゴウトが居るのはギンザ。ラグの店の前。
『何故に、わざわざと、ここまで』
せっかくシュラが休み、としたのであるから、ゆっくり休んでおけばいいものを。
「何を言う、ゴウト」
心配そうな音を極力出さぬようにして苦言する猫に、返る少年の意見はだが率直なものだ。
「いい機会ではないか。前からこちらの宝石の使用法には常ならぬ興味があったのだ」
シュラの傍に居られないのなら、せめて、空いた時間は有意義に過ごさなければ。
と、お目付け役の憂いなど全く気にも留めず、真面目な悪魔召喚師は己の探究心に忠実だ。
『確かにそれは、そうではあるが・・・宝石の使用法、だと?』
「ああ。性格などは異なるようだが、元の本体は同じ悪魔であるものも帝都には多い。
僕はこれまで“悪魔会話”に不得手であったため、宝石の存在を知らなかったが」
……おそらくは帝都でも“会話”で、宝石入手は可能だろう、と語る彼の意見は理に適っている。
『だが、得たところで、帝都では使い道は……』
「だから、この店にやってきている」
詳細は分からずとも、御魂との関連性などの情報をもたらせば、ヴィクトルあたりが喜んで研究しそうではないか、と、
わくわくと音が聞こえてきそうな瞳で、声を弾ませて語る熱心すぎる後継に。
(…まだ、隣の部屋で合体法則にのめりこむよりましか…)と黒猫はそれ以上の抵抗を諦めた。
◇◆◇
暫くの後、バタバタ、と、複数の何かが駆け回る音が、店内にまで聞こえてくる。
『む。騒がしいな』
「……何か、あったのだろうか」
念の為、一度、シュラのところへ戻ったほうがいいかもしれない、とラグの店を出たライドウが、
ターミナル前の広場で目にしたのは。
珍しく、焦ったように指示を出すシュラと、これまた慌てて何かを準備する仲魔達。
「思ったより、アイツの動きが速いから!ちょっと、急いで!」
「りょ、了解しました。シュラ様」
「ミズオケハ ココデ イイノカ? アルジ」
「うん。水桶の一つは、入り口あたり。後は広場の手前あたりに配置して・・・」
「どうしました?シュラ」
「どうした、って、お前、今頃何を…………って、ライドウ?!」
「何かあったのですか?」 「どうしてここに?!」
重なる疑問は、けれど。
遠くから聞こえる、凄まじい咆哮にその解決を遮られる。
『何だ、あの唸り声は!……新種の悪魔か?!』
「聞いたことの無い類の声だ。獣形、いや、この音量だと人型、……」
「もう来たか!・・・ごめん、詳しい話は、してられないから」
とりあえず、ライドウとゴウトさんは皆と一緒に回復の泉にでも避難してて!
「敵、ですか?……何か、手伝えることがあれば」
「いや、ライドウは、いいよ。大丈夫、俺だけで」
「しかし、シュラ」
ただごとでは無い、と、予測をつけたライドウの提言は、あっさりとシュラに拒まれる、が。
常のようにライドウが食い下がる、ことを瞬時に悟ったか。
「……じゃあ、コレ、貸して」
「え」
す、と伸びた、エメラルドとオニキスを嵌め込んだ象牙の腕の先。
その更に先のしなやかな指に外された黒い外套は、ハラリと彼の腕に落ち、
持ち主の願いを見透かしたように、その宝石の美しさを他者の不躾な視線から隠蔽する。
「ロキからマント借りるつもりだったんだけど、今回、予想以上にアイツの動きが速いから」
まだロキがここに来てなくて、どうしようかって思ってたんだ。ホント助かる。ありがと。
ああ、でも、防御能力落ちるね。ごめん。危ないから早く泉に行って、と、にこりと笑む悪魔に。
「……わかり、ました」
うまく、自分が闘いから遠ざけられたことを理解しつつも、ライドウはシュラの指示に従った。