Attack 2



だんだんと近づいてくる、正体不明の悪魔の咆哮。
だが、相対する為に出ているのはシュラ、ただ一人。
他の仲魔は、皆、ライドウと同じく回復の泉の施設内に避難している。

「本当に、大丈夫なのか、彼だけで」
「あー、シュラに任せておけば心配ねえって」
つーか、シュラ独りじゃない方がいらない問題が増えるんだよー。とだるそうにぼやくロキに
しかし、と、やはりライドウは食い下がる。

「いや、ホント。お前が居るほうが大問題になりかねないからよー、いいからほっとけって」
くそー、しかし、いいなアイツ。あの状態のシュラを独り占めなんて、役得だよなぁと、
どこかふてくされたように謎な愚痴をぼやく魔王は、ふと、ライドウの姿を視界に入れ。

「……おい!お前、外套は!!」
いきなりに、心底焦ったような声をあげる。

「……シュラに頼まれて、」
「貸したのか!!」

あちゃー、そういや、今回、オレにマント借りに来なかったかー。
(こりゃ、へたすりゃ、まずいわー。……もう、あの鈍感王はホント、いい加減に……)

「……仕方ない。念の為だ。いつでも加勢できるよう待機しておくか……」
ああ、もう。お前も来る気なんだろ。止めても無駄だろうから、止めねーけどよ。

「……どうしようも無くなるまで、絶対にお前は姿を見せるなよ」
火に油を注ぐことになるからよ、と、これまた謎な釘をさすロキに、不可解ながらもライドウはコクリとその端正な顔を肯かせた。




◇◆◇




「何だ、あれは……」
(しっ!声を出すなって!!)

広場に配置された、大きな水桶の陰に隠れたライドウ達は、現れた怪物を見て驚愕する。

――― それは、正しく“異形”のモノ。

二足歩行の人型らしき悪魔、と認識できる外見。ではあるが。
その体中が、膨れ上がった筋肉のような物質に覆われた、巨躯。
おぞましくも片方の目は頭にのめりこみ、もう片方はその頬に突き出し。
表皮が“ねじれ”ているのだろうか、踵とふくらはぎらしきものが体の前面に見える。

本来は端正な容姿の生き物、なのだろうか。血を流す逆立った髪の生えた頭から放たれる、
放射状のその輝きは、むしろ善なる響きを感じさせるが、と。思うライドウの前で。

その怪物は、聞くもおぞましい咆哮を上げる。
と、呼応するように周囲の小物悪魔や、その声に召喚された地霊達も、同じように叫びはじめ。

「・・・あの声には、強い混乱付与の効果があるのか」
それで、バッドステータスに強いモノしか相対できぬと仲魔を避難させて、シュラ一人で。
そう納得しつつも。だがそれなら、僕やロキまで、避難させずとも、と思うライドウの疑問は。

ス、と、その怪物の前に、立ちふさがった最強の悪魔の姿に、氷解される。

(な! シュラ!? ……どう、して!?)

――― 女性体、で。

なるほど、それで男悪魔は傍に置くことなく。
かつ、肌を隠すために、外套が必要だったのかと納得しながらも。

(あんな怪物を相手に。魔力は上がるとしても、何て、“危険”な、ことを!)

複数の意味で焦る、恋する男を嘲笑うように、

「……お願い。落ち着いて、……おいで。私の、ところに」
黒い外套を羽織る悪魔は、甘く優しい声で、その怪物を誘う。

だが。
シュラの肌を覆うその、布の色を、確かめた途端に、その怪物の咆哮が違う響きを持つ。

(ち。やっぱりか・・・こりゃ、まずいな)

焦った音で呟くロキと同じことを感じたのか、シュラの眉がぴくと寄せられ。

うおぉ、と激昂し、いきなりにつかみかかってくる怪物から、大切な外套を守ろうとするかのように。
バサリ、と、脱ぎ捨てたその内から、現れるのは。

「……!」

一糸纏わぬ、混沌の女神の裸体。

ツンと尖った胸、美しいくびれを魅せる腰、すんなりと伸びたしなやかな脚。
胸も、脚のつけ根のあわいも隠すことすらせず、誇らしげに彼女は青い紋様を光らせる。
・・・ただ、その表情だけが微かな羞恥を、目尻に頬に口元に淡く浮かべるその在り様が。
“乙女”の艶を鮮やかに際立たせ。息を呑んで、見つめる崇拝者達の心を、千々に乱す。

そして、同じく。

その美しい容に一瞬、戸惑いを見せたように思った怪物の動きは。
ファサと、傍に落ちた黒い布の残像を視界に入れた途端に、再び、獰猛さを増し。

雄の情動のままに、目の前の美しい雌へと、跳びかかり、その喉へ喰らいつく。


「……ッ」

グチャリと聞こえたのは、その象牙の肌を裂いた牙の音か。
ズルズルと啜り上げられるのは、その馨しい芳香を持つ赤い体液か。

(シュラ!)
(ち、こいつは、やばすぎるぜ!!)

慌てて助けに跳びだそうとする、ライドウとロキに気付き。
驚愕と苦痛と羞恥に眉をしかめながら、シュラは、まだ来ないで、と唇の動きを見せる。

その間にも聞こえる、肉を食み、体液を啜る、どこか淫靡な響き。
その音に、狂いそうなほどの何かを覚えながら、体を震わせるライドウの前で、
怪物は、美しい紋様を魅せる女の肢体を、乱暴に、愛撫し始める。

(……な!)

乳房をつかみ、爪を立て。シュラの肌を弄る怪物の指は、やがて焦ったように雌の腰をつかむ。

ずくりと己の腰を押し付け、雌の脚を無理やりに開かせようとする、その動きが求める先は。
知らず、同じ欲を身の内に隠し持つ雄達には、分かりすぎるほどに、分かる。

――― チキ。

ライドウの頭に、体中に、止めようも無い怒りが、熱となって巡る。
もはや、ロキの制止もシュラの瞳も止められぬ激情のままに、刀を抜こうとするその手は。

「……リン」

怪物に襲われている女の声とはとても思えぬ、優しい優しい響きに、止められた。


next→

←back

ボルテクスtop