Attack 3




リン

落ち着いて、リン

お願い。落ち着いて

私の声を、聞いて。リン






――― リン

それは。その名は。
シュラを愛し、シュラを守り、誰よりもシュラの信頼を得る、あの、美しい、幻魔の。
彼が認めた、最愛の主だけが呼ぶことを許された、愛称。

(クー・フーリンだと!あの怪物がか!!)

驚愕するライドウの目の前で。

ゆっくり。
ゆっくりと怪物の容が、変わる。

逆立って、どろどろと血を流していた髪は、しなやかな美しい長い黒に。
見るもおぞましき、“ねじれ”た巨躯は、白い、美しい曲線を飾る鎧を纏う痩躯に。

正しい位置へ戻った瞳は、聡明さと堅実さと、そして、今は深い悔恨と苦悩の色を
その秀でた額につけた、眉庇の下に、見せる。

やがて。そっと、主の肌から、己の不埒な指を手を腕を、名残惜しげに、離し。

ディアラマを唱えて、己がつけた主の傷を、癒し。
パサリと、己の白いマントを外して、主の体を大事そうに覆い。
今にも口づけんとしていた、その唇を諦めて、跪き、代わりに主の手の甲へ唇を当て。

それだけでは気が済まぬと、ばかりに。
更に頭を降ろし、愛しくも崇敬する主の足の甲へと、その額をつけて。
非礼を詫び、主の広い心に感謝を表す、その美しい悪魔は、確かに、かのケルトの英雄。

「……もういいから。早く水桶に入って、熱を冷ましておいで、リン」
ほら、皆も手伝って〜と、何事も無かったかのように笑うシュラの声に。

やっと、避難場所から出てきた仲魔達も、また、ホッとしたように笑いながら、
あまりの申し訳なさに固まったままの、さっきまで狂犬だった猛犬をかついで。
よっこいしょー!と、準備していた水桶へと、つっこんでやった。




◇◆◇




「えーと。ほら、FFだったら、バーサクとかってやつ?」
ドラクエなら何だろ?メダパニ?……いや、ドラゴラムかな。この場合。……ちょっと違うか。

「えふえふ?……ばーさく?」
どらくえ? めだぱに? どらごらむ?

説明しようとするシュラに知らない単語を一気に並べられて、さすがのライドウもパニック状態だ。
……もちろん、先ほどのいろいろな衝撃も手伝っているので・・・無理も無いが。

狂戦士(バーサーカー)、って、言ったら分かる?」
あいつ、強すぎるからさ。戦いすぎるとたまーに、発作起こすんだよ。

「発作」
「うん。……で、発作起こすと、変身するだけじゃなく、敵味方の区別もできなくなっちゃうから」
とっとと元に戻すために、さっきのを、と説明するシュラに。

「・・・それで、・・・どうして、あの」
女性体の貴方が、裸になる、必要が・・・?

これだけは、どうしても確かめておかねば、と。ライドウは意を決して尋ねようとする。が。
言いよどんだライドウの肩を、3つ目の水桶にクー・フーリンを突っ込んできたロキがポンと叩く。

「本当は、150人だったらしいぜ。ケルトではさ」
「何が?」

横で顔を赤くしたシュラを気遣ったか。続きはライドウの耳元で囁かれる。

(狂戦士化したクーに裸を見せる女の数)
(ひゃくごじゅ……)
絶句するライドウを見て、ロキは更に笑う。

それ見て恥ずかしくて硬直したヤツを捕まえて、頭を冷やすために水桶に突っ込むんだとよ。

「それでも、ああだって言うんだから。いやーホント、ケルトの英雄は大したもんだ」

と。呆れたように言う彼らの前には。
あまりの熱量に爆発した一つ目の水桶と。沸騰してボコボコ音を立てている二つ目の水桶と。
……やっと、温泉並みの温度で済んだ、三つ目の水桶。

「ほ、ほら。もう、この世界に、まともな女性なんて、居ないしさ」
で、女性体の悪魔150体、集めるのも、全員に裸になってもらうのも、大変だし。

「俺だったら、いざとなったら戦えるし、何とかなるだろって」
試してみたら、俺一人脱ぐだけで大丈夫だったんだ、助かったよ、と笑う主は、
自分一人の裸体が150人のそれに匹敵する、その本当の意味に、当然ながら、気付いていない。

「「………………」」
切な過ぎる恋心を、未だに全くもって、欠片も理解してもらえぬ、彼の下僕を気の毒に思いつつも、
わざわざ真実を告げて、恋敵に塩を贈ったりしないロキとライドウは沈黙を保つ。

そんな彼らに気付くわけも無く、既に男性体に戻ったシュラは不思議そうに首を傾げる。

「ええっと。でも、変なんだよね」
「何が、変なんですか?」

「いや、ずっと、ここんとこ発作無かっんだよ、リン」
大体これまで、あんなふうに俺に跳びかかったりしなかったのに。ましてや噛み付くなんて。
「そうなんですか?」

「うん。いつも俺が脱いだら、それだけでオッケーだったから、今回も油断してた」
「そう、だったんですか」

「不思議だろ」
「不思議ですね」

……何でだろ?
……何ででしょうね。

心底、不思議そうにする主と、同じく不思議そうに少し赤い顔で首を傾げるライドウと。
「……(ほんとにこいつらは……)」
二人の超鈍感者と、その前で脱力するロキのところに、頭の冷えた今回の問題児がやってくる。

「主様。先ほどは、真に申し訳も無い……ご無礼を」
苦しげに深々と跪き、またしても額づきかねないリンに、慌ててシュラが声をかける。

「ああ、もう気にしないでいいって。……ただ、今も、話してたんだけど」
今回はどうしたの?リン。マガツヒ不足だったとか?・・・だったら、ちょっと対策考えないと、と。
心配そうに話す主に返るのは、何かを押し込めたような、涼やかな声。

「いえ。……今回の……原因は、自分で、よく、分かっておりますので・・・」
「そうなの?」
「はい。ですから……一つだけ、お願いが、ございます」
「お願い?」
「……はい……どうか」

どうか、その外套を、素肌の上に纏われることは、お止めください。
二度と、私のこのように愚かなAttack(ほ っ さ)を引き起こされぬよう、と、言いかけて。
聡明にして賢明な下僕はその願いを音にするのを止める。

わざわざと、この鈍感な主達に、その心の在り処を気付かせてやることも、あるまい。と。

「リン?」
不自然に止まった会話に、怪訝そうに首を傾げる主の、足元に額づいて。

「いいえ。分不相応なことを申し上げるところでした」
どうか、お許しを、と嘯きながら、その甲にそっと、口付けて。

ケルトの英雄は恐ろしい誓を己の心に立てた。










――― 我が君。

我が最愛の主。無邪気にも残酷な・・・やがては混沌を司る美しい御方。

貴方があの黒を素肌に纏われるのを見るぐらいなら

……このような発作など、いくらでも、押さえ込んでみせましょう。






……そして、いつか

いつか、貴方様に思い知っていただきましょう。

水桶程度では冷ますことなどできようもない、この想いの、煮えたぎるほどの熱さを。





Ende



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ネタは全て、ケルト公式より拝借してまいりました。
女性の裸で恥ずかしがってしまう・・・というところが、可愛いですね。数多すぎですが。
本作で使わなかった表現では・・・顎が成人男性の頭ほどになるとか。
もう絵的にはとてもアウトな外観になる狂犬でございます。

そして、150人に匹敵するらしい重すぎる愛情の末は、魔界にて。