ツクヨミ 1



「なあ、ホントにこいつがそうなのか?」
「……確かだ。例の探偵社からそのまま連れてきたのだから、間違いない」
「しかし、どう見ても、普通の人間だぞ。……まあ、キレイなのは間違いないが」
「……おい!無闇に触るな。怒られるぞ」
「お前が黙ってれば、分からないさ。いいだろ、ちょっとぐらい味見したって」
どうせ、術がかかってるから、声も出ないし、体も動かせないんだから、コイツ。

そう言って、縛られたまま連れてこられたそのキレイなものに、分不相応にも触れようとした愚かな男は、 その一瞬後、地面へと叩きつけられ血へどを吐いた。

「な!お、お前、は」

「……ヤタガラスの使者。説明を」

自分に何が起きたかすら分からぬまま倒れ伏す男も、驚愕に目を見開くもう一人の男も、
そのいずれも、もはや視界に入れることもなく。黒衣に身を包んだ悪魔召喚師はそれだけを言った。
……周り中を震え上がらせるような怒りと殺気を湛えて。



――― 時は一刻ほど遡る。

ライドウが所用を済ませ探偵社に帰ると、猿轡をかまされた鳴海が椅子に括りつけられて放置されていた。 驚いてその拘束を解き、鳴海の第一声を聞いて更にライドウは驚愕することになる。
「シュラちゃんがヤタガラスに連れて行かれた!」と。

ヤタガラスの手の者であるからには、多少なりとも能力者には違いない。ただそのいずれの力もシュラ の足元にすら及ぶ者では無かったが、鳴海とライドウの立場を考えたか、 シュラは抵抗もせず拘束されて連れて行かれたのだと言う。止めようとする鳴海をその強く柔らかい視線で制止して。

シュラに関しては、先日のダークサマナーの一件にて当たり障りの無い内容と報告でヤタガラスに 連絡済みのはず。鳴海もライドウもゴウトも、三者共通としてその認識を持っていたため、今回の件は まさに寝耳に水。取るものも取りあえず、事情を確かめに名も無き神社へ向かったライドウが、その場で まず目にしたものが、先ほどの、全身を拘束されたシュラに触れようとする男の図、だった。


「ヤタガラスの使者。……説明を、と 言った」

返らぬ答えに、拘束されたシュラの痛々しげな様子に、ライドウの放つ気が更に変質する。 冷たいとすら感じる青白い刃のようなそれに、先ほどから腰を抜かしたままの男は音の無い悲鳴をあげた。


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