ツクヨミ 9



「で、何で、お前が俺にくっついてきてるんだよ」
「一般人に迷惑をかけるといけないので、町を出るまでは見張れ、と」

ものすごい仏頂面で町を歩く葛葉一族の二人は、本来は傍から見ていると目の保養であるのだが、如何せん、その二人が醸し出す超極悪不機嫌オーラのせいで誰一人近づこうとしない。

「……あの悪魔に頼まれたのか。どっちが主か分からんな」
「別に僕は、彼の召喚主というわけではありませんので」
「……で、どこで見つけたんだ、あの悪魔?」
「企業秘密です」
「同じ種のヤツはもう居ないのか」
「居ませんね」
(居たら、こんなに苦労していませんよ。……いや、居たら居たで苦労しますね……)

想像して思わず、はぁ、と溜息をつくライドウを横目で見ながら、キョウジも珍しく考え込む。

「……何か?」
「あぁ?」
「あなたが黙り込んでいると、ろくなことを考えていないのでは、と」
「やる気かてめぇ。……と言いてぇが、今日はもういい。……あの月を見て思い出しただけだ」
「月?」
「さっき言ってた、ツクヨミみてぇなヤツだな、と、思ってよ」
「……」

言われてライドウも、夕闇に光りはじめたばかりの、月を見る。

――― 誰のことか、とは聞くまでも無い。

同じ三貴神のアマテラスとスサノオと比べ、圧倒的にその存在が不確かな月の神。

一般的に男神、とされているが、実は性別すらも明らかでなく。
日々、その形を変え、優しい光と淋しげな表情で、人の心をかき乱し。
全てを見せているようで、その裏側は片鱗すらも他者には見せてはくれない、つれない、その。


「……似合いませんね?」
あなたに、そのような詩的な表現は。
「言うな」
分かってるよ、そんなこたぁ。……阿房が。


「では、これにて」
町の出口に着き、ライドウが軽く一礼をする。
「ああ。悪ぃが、また、来るぜ。あいつが『また、居なくなる』前にな」

じゃあな、とそのまま振り向きもせず立ち去る後姿を、見るでもなく見ないでもなく見送りながら、
ライドウは痛む心臓の上で拳を握り締める。


「……簡単に、言ってくれる、ものですね」

(騒がしちゃって、ごめんね。もうちょっとしたら、また居なくなるから。少しだけ見逃して)

……息が、止まるかと思った、その言葉。

「もうちょっとしたら……ですか」

そう、簡単に。
――― 僕の心臓を、切り刻んでくれる。

……そう、言えば、貴方は「最強最悪の悪魔」でしたね。

今更なことを思い出しながら、胸に手を当てたままライドウは声も無く呻く。

――― いっそ、貴方を憎めたら。

いや、いっそのこと、この手で、貴方を閉じ込めて。

優しい貴方は僕の心臓に結界を繋げば、きっと、どこにも行けはしない。


……いずれ、闇夜になるのだと、分かって、いるのなら。








「ライドウ!」
……っ
「シュラ?」
「遅いから、迎えに来たんだ。鳴海さんがさ、ハヤシライスおごってくれるって!」
向こうも店に向かってるから、俺らも直行して合流しよ!

その笑顔を見て固まったまま、答えないライドウを、あれ?と見つめて。
「どうしたの?活躍しすぎて疲れた?」
顔色、悪いよ、と心配そうな顔で、ライドウの学帽をクルリと回して傾け、コツンとシュラは額を合わせてくる。

「うーん。熱とかは無いみたいだけど、大丈夫?」
ああ、いきなり想い人の笑顔を至近距離で近づけられて、眩暈がする。
「だ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていた、ので」

考え事して顔色悪くなるって、何だよ?とイタズラっぽく笑うシュラにライドウが口ごもると、
「あ、からかってごめんごめん。じゃ、早く行こ!」
そう言って、シュラはライドウの手をキュと握り、スタスタと歩き出した。

「あ、そうだ。ライドウ」
「はい?」
「えと。今日は、助けに来てくれて、ありがと」
お前、すっごくかっこよかった!と、ふんわりと、少し照れた笑顔を向けられて。

……握られた手の力に、心が震えて。

心の闇夜から月に引っ張り出された男は、いえ、と、これもまた照れた笑顔を浮かべた。









天には、あざ笑うように弧を描いた月が輝き。

地には、優しくてキレイで、残酷なお月様が笑う。





――― その狭間で揺れる「人」の心を、知りもしないで。





Ende


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監禁フラグ、立ちました。