Doppelgänger 1




「……や……っ」


「……今、何か聞こえなかったか、業斗?」
『・・む。確かに』

アカラナ回廊。
異なる時空と時空を繋ぐ、幻の道。
その明滅する儚い光の中に、影のように黒い色を示す男と連れの猫は微かな異音に足を止めた。

「悪魔の声、ではない。女……若い女の声、のような」
『まさか、ここに紛れ込む人間が居るとも思えぬが』

怪訝そうに周囲を窺う二人の耳に、今度は明らかな悲鳴が飛び込んできた。

「やっ!いやっ!やめて、お願い、やめてっ!!」

「な!どこからだ!!」
『向こうの階段の上だ!急げ、雷堂!!』

悲鳴の聞こえるほうへ疾走した二人の目に映ったのは、
フェンリル狼の巨体に圧し掛かられ、もがく少女の姿だった。

「くっ、フェンリル、とは」
『どうする、ヤツは銃撃か衝撃ぐらいしか効かぬぞ』
「いずれも、彼女を巻き込むか!くそ、手の出しようが」

焦る二人の耳に次に飛び込んできたのは、のんびりとした当事者の少女の声。

「くすぐったいから、やめてっ!……え?あれ?らいどう?……何で、ここにいるの?」

その言葉に硬直した二人の傍に、タタッと軽やかに少女が駆け寄ってくる。
さっきまで襲い掛かられていたはずのフェンリルに「いい子で待っててね」と一言残して。

「今日は、らいどうも、ごうとさんもヤタガラスの緊急の依頼で夕方まで居ないって言ってたのに。
どうして……って!らいどう!!何この傷!!!」

『……どうやら、アチラの知り合いのようだな』
事ココにいたって、おぼろげながら、業斗は理解した。

「ご、ごう、と。落ち、着いて、ないで、何、とかしてくれ」

雷堂の顔を両手で挟みこみ、口づけんばかりの至近距離で心配そうに泣きそうに歪む少女の顔を見ながら、雷堂は軽い恐慌状態だ。

「どこの誰にやられたの!どうして私を呼ばないの!!つか、ディアラハン持ちぐらい、いつでも待機させときなさい!!私には無謀だ、危険だ、無防備だとあれだけ毎朝毎昼毎夕毎晩、煩いくせに、自分のことには無頓着なんだから!!聞いてるの?!らいどう!!」

「い、いや、だから、人ちが」
『ええと、娘さん?……俺の声は聞こえるか?』

業斗の声にピクリと少女が反応し、我に返ったように目の前の黒衣の男と黒猫を凝視する。

「……あれ?ごうとさん?話し方が、違う?」

「ソレハ、別ノ時空ノ彼ラ、ダ。主様」

ゆっくりと近づいてきたフェンリルがそう言って、少女の頬をぺろりと舐め上げると、呆然としたように少女が異国の言葉を呟いた。

「Doppelgänger」と。


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フェンリルが書けて嬉しい。