Doppelgänger 5




「Still ist die Nacht, es ruhen die Gassen」(静けき夜 巷は眠る)

異界築土町への接点へと向かう途上。
やわらかいアルトソプラノが零す異国の言葉が、アカラナ回廊に微かに響く。

「……それは?」
「ん?ああ、知らない?これ?割と有名な詩なんだけど」
「はい」
「うーん。Heineって、この時代は……いや、あったと思うんだけどな〜」

頭に年表を浮かべながら、この世界のずれている年号表記をがんばって繋ぎ合わせようとする
シュラ。その初めに言った音、には聞き覚えがある、とライドウは思う。

「ハイネ、は聞いたことがあります。ドイツの詩人?ですか」
「うん。そう!ライドウの学校はドイツ語やってないの?同じ年生まれの大叔父が、結構ドイツ語
やらされたって、ぼやいてたから、知ってるかなって」
「残念ながら、まだです。確か、その科目は次の期から開始だったと」
「……そっかー。でもじゃあ、ハイネって知ってるだけでもすごいよね」
にこり、と笑うシュラに、いえ、と答える。

「どのような詩、なのですか」
「ああ、『Doppelgänger』って題でね、えーと、大体だけど」

―― 昔の恋人が住んでた家の側を通ると、以前の自分と同じように恋に苦しむ男が居て。
「Doppelgänger。我が分身よ。どうしてお前は私の恋の苦しみを真似てみせるんだ?って」
それを見て、嘆く、そんな詩。


「「「「『…………』」」」」

「Der Mond zeigt mir meine eigne Gestalt.
 Du Doppelgänger, du bleicher Geselle!
 Was äffst du nach mein Liebesleid,
 Das mich gequält auf dieser Stelle
 So manche Nacht, in alter Zeit?
……だったかな。懐かしいなー。おばあちゃんが、これ好きで、よく聞かされたから」

そう言って笑う、今は「彼女」な彼は周囲の沈黙の意味などまったく解してはいない。

「ほら、最初、雷堂さんを見たとき、ライドウのDoppelgänger?って思ったから、それで思い出して」

……楽しげに笑うそれが、分かっていてやっているのなら何と悪魔的なことか。
いや、分かっていないからこそ、悪魔的なのか。

「……そういえば」
「ん?」
「なぜ、彼にはカオル、と?」
「……んーと」
(よく話に聞くDoppelgängerだとしたら、なるべくライドウとの共通点を減らしておくほうがいいかな、
とか思ったんだけど、杞憂だったみたいだし。だって、出会ったら死ぬんだよね。確か)

自分の心配をされているとも知らず、困ったように言いあぐねる彼女にライドウの眉根が寄る。

僕には、あれほど長い間、その名を教えてはくれなかった、のに。
……彼には、「人」として、見て欲しかったのですか?

よく聞く話では無いか。
この悪魔が出会うべき相手は、僕ではなかったのかもしれない。
同じ顔、同じ姿、同じ声。
――― 外見で唯一違うところといえば。

「彼のあの、瑕を、どう思いましたか」
「ああ、……うん。綺麗、だよね。似合ってる……でも」
(あれは、あのヒトにはきっと必要な瑕。あるべくしてあるって、思った。……でも、だとしたら)
――― ライドウ、は?

「シュラ?」
話の途中で黙り込んだシュラにライドウが怪訝そうに声をかける。

「え?あ、ああ、でも、ただ、残っていた気自体はあまりいいものじゃなかったけど。ね。」
また。様子見に行かないと。

心配げに眉を寄せるシュラを見たくなくて、悪魔召喚師は、つい、と目を逸らした。

――― 「彼女」が本当に心配しているのは、己のことなのだとも、知らずに。





Der Mond zeigt mir meine eigne Gestalt. ・・月影照らすは 我が己の姿
Du Doppelgänger, du bleicher Geselle!・・・汝 我が分身よ 青ざめし男よ
Was äffst du nach mein Liebesleid,・・・・・・などて 汝の去りし日の
Das mich gequält auf dieser Stelle・・・・・・幾夜をここに悩み過ごせし
So manche Nacht, in alter Zeit?・・・・・・・わが悩み まねびかえすや



Ende


←back

帝都top


Der Doppelgänger
メガテニストの皆様にはお馴染みの訳(ペルソナ2罪のオープニング)でお送りしました。

独逸文学では、哲学的な観念も含めて、非常によく取り扱われるテーマですが、あまりにも深いので
一般的な、「Doppelgängerに出会うと死ぬ」という説程度の情報量にとりあえず留めました。
・・・平たく言うと、力不足ってことですよ。くっ。