片恋 1




あかしやの金と赤とがちるぞえな。
かはたれの秋の光にちるぞえな。

北原白秋「片恋」



ざわり、と。
彼が一歩足を踏み入れると、まるで道そのものが一つの生き物であるかのように蠢いたのをライドウは知覚する。その肌に触れるようなリアルな不快感は、かの無限地獄以上ではないのか。

嗚呼。
ここだけは。
ここだけは、絶対に、彼を連れて来たくなかった、のに。

……恨みますよ。鳴海さん。
苦悩する男を知らず、一歩前を歩むシュラの楽しげな様子を見ながら、ライドウは心の底から溜息をついた。



「へ?オカマロヲド?何ですか?それ」
「ああ、シュラちゃんはまだ知らない?いや、萬年町ってところがあってね〜」

一体どんな話の流れで、そんな話題が飛び出したのやら。
良くも悪くも好奇心旺盛で学習意欲の高い彼が、その奇妙な響きの言葉に反応しないわけがなく。
簡単な鳴海の説明に目を輝かせた彼は、即座にこう言い放った。

「へー。面白そう!じゃ、ちょっと行ってくるね〜!!」

その言葉に青くなったのは、件の学帽君を筆頭に、諸悪の根源の探偵所長に、普段は冷静な黒猫さまに、主様命!の多数のお仲間に……。
……まあ、想像にお任せしよう。(北欧出身の若干一名様は腹を抱えて笑っていたが)

「「「何を考えているんですか!貴方は!!」」」
「平気だよ〜。俺、こう見えて、結構ニューハーフさんと、つきあいあったし」
(((それって、どんなつきあいなんですかっ!!)))
「い、いや。でもシュラちゃんみたいな可愛い子が行くと、危ないよ」
(((大体、貴方がいらないことを話すから!!)))
「あはは。大丈夫ですよ。本当のニューハーフさんに比べたら俺なんか全然可愛くないですって!」
(((……くぅ。もう、誰かどうにかしてください!この鈍感混沌王を!!)))




……協議の結果。
「えー。そんなにぞろぞろ付いてこられたら、観光気分無くなるよ〜」
というシュラのぼやきが優先され。場所に精通し、不本意ながら知人も居るということで
大方の予想通り、ライドウがお目付け役?となり、同行することとなったのだが。


(か、かわいい〜。あの子だれ?初めて見るわ!)
(ライドウちゃんの友達かしら。類は友を呼ぶのね〜)
(ちょっと、ちょっと!もう、食べちゃいたいぐらい、かわいいわよ!)
(ああ、わたし、どうしよう!こんなにときめいたのは初恋以来よぉ〜)


……ああ、言わんこっちゃない。

彼が歩くのに従い、明らかに濃い色の付いた視線が、追尾してくるのが見え、
読心術を使うまでも無く、オトメな方々の桃色怪音波がガンガンと飛んでくるのが分かる。

戦闘時のあの恐ろしいほどの勘と判断力が、どうしてこういうときはまったく出ないんですか!
あれですか?マサカドゥスで万能以外無効なせいで、この精神攻撃が分からないんですか?!
仕方がない。ここは外法の結界、いや、精神の壁?いやいや猛突進に備えて蛮力の結界を、いやそれだと「吸収」してしまう!……冗談じゃない!!ここはやはりテトラカーンで。

ボス戦でもここまで熟考したことが無いほどに、作戦を立てるライドウをまるっきり放置し、
「こんにちは〜」と、無駄に爽やかに笑顔を振りまく彼の周囲は、もう集魔の水を99個使ったんじゃないかと思えるほどの惨状だ。

……しかしながら。
天然こそ最大の攻撃にして防御と言うべきか。
オトメな方々の猛アタックを全てするりとかわしたシュラは、無事ロヲドの終点あたりまで辿り付いた。当然ながら、お付の者も一緒に。

はぁ、と安堵の溜息をつくライドウの肩をポンと叩くのは、釜鳴姉さん。

「ねぇ。ライドウちゃん。その子、どなた?」

くっ。まだ攻撃は終わっていなかったか!不覚!!

戦闘モードに戻るライドウを放置し、シュラは例によってにこりと笑う。
「こんにちは。鳴海さんところで居候してる、シュラと言います。よろしく」

シュラに見つめられた釜鳴姉さんの体が硬直し、その頬がぽぉと赤くなるのをライドウは見る。

……これは、可愛いと表現していいものか?
反撃に戸惑うライドウをこれまた放置し、シュラは楽しげに釜鳴姉さんと歓談に入る。

……何となくモヤモヤするが、まあ取りあえず、後は左に折れて廃寺方面から町の出口に向かえば問題は無いか、と今後の行動を整理するライドウの耳に釜鳴の甲高い謎な声が響いた。

「分かったわ!全部私に任せておいて!!もう、お姉さん一肌でも二肌でも脱いじゃう!!!」


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書いたもん勝ちなネタですみません。