鵺の啼く夜 〜暗き道〜 1




僕の中の鵺が、啼く

カエセ



ホシイ






「!」

夢に起こされた男は、確かめる。
見慣れた天井の模様を。

そして。
傍らを。

未だ「それ」が「そこ」にあるかどうかを。


す、ぅ、と寝息を立てるそれを見て、無意識に片手が伸び、もう片方がその手首を捕まえる。

元を一つとする両者の力は、捕まえるそれが、やや勝る。

は、と安堵の息を吐き、男は静かに立ち上がると、音を立てぬように着替え始めた。
安らかに眠るそれを起こさぬように。


『ライドウ』
「……少し出る」

闇から聞こえた声に、低く一言だけ返す。

『雨だぞ』
好都合だ

音の出ぬ唇が、好都合だ、と動いて。
男は部屋を出ていった。



パツ、と学帽に雫が跳ねる。

そぼ降る雨の中を、男は傘も持たずに歩みを進めた。
何かから、逃げるように。


ポツリ、ポツリと落つる雨は、しとり、しとりと男を濡らしていく。
カツン、カツンと鳴る靴音は、とくり、とくりと心を揺らしていく。


やがて、暗い空を振り仰ぎ、忌々しげに男はギリ、と歯を噛み締める。




この程度では。
この程度の、雨、では。

おさまらぬ。

この飢えは。



――― この”熱”は。





next→

帝都top





「鵺」は能の鵺より