「そろそろ帰りましょうか」
今まで独占していた相手の背中をさりげなく支えて、立ち上がらせたその男が爽やかに言う。
「……」
「大丈夫ですか?」
うつむいたまま黙っている相手の顔を覗き込みながら、その綺麗な男は心配そうに尋ねてくる。
「……うん」
(……あのね。お前ね。……大丈夫ですかも何も)
「そうですか。良かった」
「……」
さっきまで長時間呼吸困難にさせてくれていた元凶に、にっこりと微笑まれて微かな殺意が沸く。
「歩けますか?抱き上げて帰ってもいいのですが?」
慌てて、ふるふると首を振る。
いや、それは。何か。嫌だ。何が嫌かは、はっきりとは分からないが、多分、絵面的に何か。
「ああ、すみません。ずっと抱きしめていたので、貴方まで濡れてしまいましたね。帰ったらすぐに
風呂を沸かしますので。一緒に入りましょうね」
うん、と、うなずきかけて、ちょっと待てと気づく。
「……一緒に?」
「はい。何か問題でも?」
……問題は色々と、あれこれと、ありまくりな気がするのは、俺だけなのか。
いや、確かにこれまでも一緒に銭湯に行ったし、今更っていったら今更だけど。
首を傾げながら、ゆっくりと銀楼閣への道をたどりつつ、そういえば、と思い出す。
「けど、おまえ、俺のこと、嫌いになったんじゃなかったの?」
ほら、ずっと顔も見なかったし、名前も呼ばなかったし、一切触れようともしなかったしさ、
てっきり……って思って、帰ろうとしたのに、今のこの状態って何?どういうこと?
「……」
微妙な沈黙と、すいと向けられた美しすぎる笑顔から、とてつも無く危険な香りが漂ってくる。
……何だか、握られている手の力が3倍増しになった気もする。
え゛?……これは、もしかして地雷を踏んだ、というあれだろうか。
「……そのことについて、物は相談なのですが」
やがて、美しすぎる笑顔が冷やりとした声音で言葉を落とす。
「う、うん。何?」
「この後、朝までお時間いただけませんか?当然、風呂の間も」
「え?……朝、まで?……ど、どうして?(風呂の間も?←怖くて復唱できるかあぁぁ)」
「……その誤解を、解こうと思いまして」
「い、いや。もう、解けた。解けた気がする。すっきりしました!だから」
「いいえ。もう、二度と」
そんな馬鹿な誤解ができないように、して、あげますから。
もう、本気を出すって、決めましたので、と、これまたとてつもなく綺麗な笑顔で微笑まれ。
何故かイケブクロでの恐怖の出会いを思い出した混沌王はそのトラウマにビクリと背筋を凍らせた。