鵺の啼く夜 〜暗き道〜 9



カチリというその音を、続くはずの鈍い響きを聞くまいと、ゴウトが思わず首を振ったその時。

その場に、キン、と黒い光が走った直後、時空の層が揺らぎ、歪みを見せた。


仕方ないなぁ、もう。
何で、あいつ、あんなギリギリになってから。
でも、賭けは賭けだし、ゴウトさんには嘘つきたくないし。

その歪みから、困ったような声が発せられるのを、信じられない思いでライドウは聞く。


よいしょ、と、緊張感の無い声と共に、歪みからちょうどゴウトの前にトンと跳び下りた彼は。
「とりあえずは、ゴウトさんの勝ち」
と、黒猫に笑ってみせた。

「でも、一日だけだから!」
と、あくまでも念を押す彼に黒猫は抑えきれぬような笑い声で答える。

「では、その『一日だけ』は確実に毎日更新(・・・・・・・)されるぞ」と。

え?と怪訝そうにした彼は、ようやく、非常に不穏な体勢で固まったままのライドウに気づく。

「……って、お前、何やってんの?ペル3ごっこ?つか、何でお前がそれ知って……え?」

銃を放り投げたライドウに、突然にきつく抱きすくめられて今度はシュラが固まる。

世話の焼ける奴め、と苦笑しながら器用に銃を拾うと、邪魔者はこれにて、と懸命なる黒猫は
尻尾を くるりと巻いて、退散した。
お前の唯一神様は、あっちの御方(・・・・・・)に比べて、何と甘く優しいことよ、と笑いながら。



そして後に残されたのは、情熱の行く先をその手に取り戻した恋に狂う愚かな男が一人と、
頭の上に「?」を大量に浮かべたままの鈍感な悪魔が一体。

「……え?……な、ラ、ライ、ドウ?……さん?」

ど、どうした、の?急な貧血?持病の癪?……それか、気でも、狂った、の?

「…………」

心底、心配そうに聞いてくる悪魔に、召喚師のこめかみが違う意味で痛む。

(……この期に及んで、それですか。
ああ、本当に貴方は。いつもいつも。そうやって。……でも。もう)

「狂いました」
「え?」
「貴方に」

(でも。もう。容赦しませんから。……あんな誤解をされて、一方的に消えられるぐらいなら。
永遠に失ってしまう、ぐらい、なら。……ああ、もう。何だかもう。何もかも。どうでもいい)

開き直った召喚師は左腕できつく悪魔を抱きしめたまま、右手をそっとその頬に触れさせる。

(もう、いい。嫌われても、憎まれても、傷つけあっても、地の底に叩きつけられても。
貴方が腕の中に居てくれれば、それだけで、いい。今は、もうそれだけで)

そして、そのまま、悪魔の金色の瞳を覗き込んで、ゆっくりとライドウは言葉を落とした。


「愛しています」


それ以外の「何」とも間違えようが無いように。
二度と、この想いを取り違えられないように。


「貴方だけを」
――― 愛しています


それでも、「は?」と、きょとんとする困った悪魔に、やはり そう きますか、と微笑んで。

では、実力行使で、と。邪魔な学帽をあっさりと跳ね飛ばし。

え、お前。学帽取るのって、初めてなんじゃ。
と、相変わらず、マイペースで驚く悪魔を逃がさぬように、更にきつく抱きしめて。

完全に吹っ切れた召喚師は、愛しい悪魔に有無を言わさず深く深く口付けて、その意を示した。


――― 鈍感な悪魔が、その召喚師の想いの深さを、嫌というほど理解するまで。






暗きより 暗き道にぞ ()りぬべき 遥かに照らせ 山の()の月

和泉式部


(罪と煩悩に満ちた身を、更に冥く落とそうとする愚かな私を。
山の端に光る美しい月よ。その柔らかな暖かい光でどうか、救ってください)




Ende

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やっと告白できましたよ。……一体あんた達、告白一つにどれだけの時間と労力を。

そして、どうしようもないおまけはこちらから。