鵺の啼く夜 〜暗き道〜 6



「ライドウ」
その音は、今一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声。

振り向くと、傘を差した、細い影。
その表情は傘に隠れて、見えない。

「……」
黙ったままのライドウに、ふ、と溜息をつき。
つい、と彼が、今まで差していた傘を差し出す。

「……傘。持っていってやってくれって。……ゴウトさんが」

けど……今更だったね。
既に全身、濡れそぼった様子のライドウに、手ぬぐいの方が良かったかも、と かすかな声が届く。

「いつから、ここに」
「今。お前が敵を倒した直後ぐらい」
「そう、ですか」
安堵の溜息が出る。では、聞かれてはいないのだ。

「受け取って」
「え、あ、はい」

差し出されたそれを受け取る。
傘と学帽の縁に隠れて、彼の姿も目も、見ないで済むことにどこか安心する。

……一つしか無い傘を渡した彼が、では、どうなるのか、と思う余裕すら無く。


「じゃあ、な。ライドウ」

パタと傘に当たる雨の音に紛れて、悪魔の声がする。

「帰るのですか?」
「ああ、帰る(・・)

「……気を、つけて」
「うん。お前も、元気で(・・・)



――― え?

その会話の微妙な違和感に気づいたライドウが、ようやっと顔を上げたときには、既に彼の背中は遠くに見えて。

――― 銀楼閣は、あの方向では無い。では、どこに帰る(・・・・・)と。彼は。

『ライドウ!追いかけろ!!』
「ゴウト?」
『〜〜〜この大馬鹿者が!早く追いかけろ!!二度と会えなくなっても良いのか!』

心臓を握りつぶされるような、その言葉を聴き終わらぬうちに。
自分のものでは無いかのように走る足を知覚しながら、遠い背中を追う。

そして、追いついた男は。

息を呑む。

そこには夥しいほどの、地面に生えた腕の影。
戸惑ったように微笑むシュラを中心に、地を覆う、それは、まるで。
彼を慕う悪魔どもがこぞって(つど)って、その手を伸ばしたかのような。

「シュラ!」
ライドウの声に、振り向いた彼が驚いた顔を見せたその一瞬に。
ずるり。と。
その全身に愛しげに絡み付いた腕たちに、引きずり込まれるように、彼は闇へと姿を消した。



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