『――― 賭けをしたのだ』
シュラが引きずり込まれた場所に膝を付き、その気を探るライドウに猫がポツリと言う。
(すまぬが、帰る前に。一本だけ傘を持っていってやってくれぬか)
(傘?……あのバカ。持たずにいったんですか……。え、でも一本だけ?)
(一本しかない傘を手渡して、あやつにお前を気遣う素振りが少しでもあったなら……。
帰るのはあと一日だけ、待ってやって、ほしい)
(……ゴウトさんが、そう言うなら。でも、きっと顔も見ないと思いますよ)
(……では、あやつがお前の顔を一目でも見たら、それでもあと一日待ってくれるか)
(いいですよ。……名前すら呼ばないと思いますけど)
(……。すまぬ。ならば、あやつがお前の名前を一度でも呼べばそれでも)
(うん。一日だけ居ます。…………あれ?この会話って、何だか)
――― ソドムとゴモラが壊される、前、みたいですね。不遜ですけど。
(くっくっ、お前の喩えは、面白い。ならば、我はアブラハムか?)
(はい。で、俺が、あっちの御方ですね。…………怒られますね。どっちの御方からも)
(違いない)
『お前に、嫌ってもらえた、と、嗤っていた。だから、もう、ここに居る必要も無いと』
ガリ、と、気を探るライドウの指先が地面をえぐるのを見ながら、ゴウトは話す。
そうではない、と否定できるだけのものを、我は示すことはできなかった。
だから、賭けを。普通に考えれば、負けるはずの無い賭けを。
やがて、ゆらりと立ち上がるライドウにゴウトは尋ねる。
『どうするつもりだ』
「追いかける」
『道が分かったか』
「いや」
その、どこか正気を失ったような瞳に、猫の背中がゾクリとする。
『では、どうやって』
問うた黒猫は見る。己の後継の、その暗い瞳が、より深く、冥い光を燈して輝くのを。
「さて、どうすれば」
――― 今の僕は、死ねるのだ。ゴウト。