夜の王 1


露を滴らせるような丸い月。
昼かと思うようなその強い光を受け、短い、濃い影を落として彼らは歩く。

『そう言えば、今日は望の月か』
道理で、悪魔共が騒ぐはずだ。手間取ったな、と黒猫が言う。

「……お陰で思いのほかに長引いた」
シュラが心配していないといいのだが、と歩む男の足取りは、少し速い。

依頼を片付けたライドウとゴウトが銀楼閣にたどり着いたのは日をまたぐ頃。
鳴海はヤボ用とかで明日までは帰らぬゆえ、留守居はシュラ一人。
もう真夜中。事務所の明かりが消えているのは当然。先に休んだかと思い、部屋に行くと。
そこには。

『厠にでも行ったか』

人型がそのまま抜けて行った形を留める、空蝉のような掛け布団。
外套と上下のホルダーをはずしていたライドウは、くす、と笑って、それを整えようと動き。
触れた瞬間に、ぎくりと固まる。

――― 冷たい?

郷に入っては郷に従え。そう言って。魔力の放出を抑える目的も兼ね。
帝都に居る間はなるべく人型で居る彼は、その肌の熱もまた人並みに保っているはずで。

――― まさか。

ドクン、と心臓が加速を始め。
ガンガンと頭が鐘を打ち始める。

落ち着け、と言うお目付け役の声がしたような、気がする。いやそれは自分の心の声か。だが。

折悪しく、外は満月。
真夜中ゆえに、それは天の中央にその存在を誇示し。
その形はその時刻は。一説には、別世界の門が開くと言われる条件そのものの。

「どこに、居るのですか?シュラ!?」

灯の燈らぬどの部屋を確かめても、当然ながら、その姿は見えず。

――― 帰っ、た?

凍った手のひらで心臓を握られるような、その考えを振り払い。
まだ、帰るはずはない。僕が狂うと分かっていて。あの優しい悪魔が。一言のことわりもなく。

言い聞かせながらも、胸の痛みは、いや増すばかりで。
彼の意思で無くとも、彼を支配するあのモノに、強制的に帰らせられないと、なぜ、言える。

あと、探していないところと、言えば。……屋上、か。
逸って、階段を駆け上がる足は、だが、ゆっくりと速度を落とす。

――― 確かめ、たくない。

どうした、という黒猫の声がしたような気がするが。答えることもできない。
こうやって、可能性を一つずつ潰していって。それでも見つからなければ。僕は。

ゆるゆると、動く脚をそれでも止めることはできず、屋上に出る扉のノブを握る。
これを開けなければ希望は残る。明日目覚めれば、貴方が戻ってきていると。でも。

きゅる、と回したそれをグイと押すと、昼のように明るい光がドアの隙間から差し込んできた。



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