逢魔ガ時 1



日は入りて 月まだ出ぬ たそがれに  掲げて照らす 法(のり)(ともしび)



夕闇に長い影を伸ばす、異国の子供
碧い瞳に溶けた黒い憎しみは、同じ色を纏う男に注がれる

目覚めたばかりの聞き分けの無い幼子が
抱きしめて寝た玩具を奪ったソレを見る如く




築土町 銀楼閣
鳴海探偵社

夕暮れ時の珈琲も雰囲気があって、いいよねぇ、と機嫌よく鼻歌を歌う鳴海に、そうですね、 とシュラもにこりと返す。鳴海が持つ微かな煙草の残り香は、淹れたばかりの珈琲の香りと交じり合い、 今はもう居ないシュラの大切な人を思い出させる。

つきりと痛む心臓はもう今更だ。
幸いなのは、あの厳しくて、優しい、猫と珈琲好きの大叔父が「受胎前」にこの世を去ったこと。
ヘビースモーカーだったから、予想通りに肺ガンで。あれほど周りがやめろと言ったのに。

でも、戦争の瑕痕を文字通りその身体に貫通させて、尚 生き延びた彼にとって、煙草ごときが
敵とすら認識できなかったのも、分かる。
背と腹をつなぐ、あの銃弾の痕を、俺は何度不思議そうに見ただろう。

竹のように、己を曲げず、頑固で、真っ直ぐだった人。
生きていれば、ライドウといい友達になれたかな、大オジ。同い年(・・・)、だもんな。

くす、と、出かけたままのライドウに意識を向け、窓の外を見やる。
硝子越しに注ぎ込む黄昏の光。美しい影を作る建物。
ああ、この世界はきれいだ。お前と、同じだな、と、思ったその時に、触れた何かの気配。

「鳴海さん!ライドウは、今どこ、ですか?!」
聞いたことが無いほどに切羽詰った声。

「え?ええと、多分、今日の聞き込み予定だと、返り橋のほうじゃないかと」
その返事を聞きおわる、寸暇すら惜しむように。

「え?シュ、シュラちゃん!ここ……」
一階じゃないよ!と言う暇さえ与えず。
窓を開け、地面へと飛び降りたはずの彼の姿が、瞬時に鳴海の視界から消える。

「……え、悪魔化?した?」

……あの、シュラちゃんが、あんなに焦るなんて。

――― 無事に帰って、来て、くれよ。

足手まといにしかならぬと、己を知るその男は自らの無力さに怒りを覚えながら、ただそう祈った。



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