我は、納得行かぬ。
真っ直ぐな瞳の、顔に瑕を持つ、彼は真っ直ぐに、そう言った。
ニャアと鳴いた黒猫に、何かを諭されたのか、微かに顔を歪め、それでも。なおも、言う。
「納得いかぬ」
困ったなぁ、と鳴海は一つ、溜息を付く。
「……ねえ、雷堂くん」
「……」
「よく、ある、たとえ話、だけどさ」
崖に二人、落ちそうになっている、人が居てさ。
どっちを、先に助けるか、っていう、話、知ってる?
無言でこくり、と肯くのを確かめて、鳴海は話を続ける。
「もし、その時、ライドウと、他の人間が引っかかっていたらさ。……俺たちは」
――― 間違いなく、ライドウを選ぶ、人間だ。
他のどんな偉い人間が引っかかっていようとも。
その人間が落ちることで、どれだけの人が泣こうとも。
ぴくり、と反応する彼を見ながら、今更に過ぎる解答解説は続く。
「シュラちゃんはそれを理解している。だから、俺たちを信用した。……だろ?」
君だって、“そのこと”を誰よりも分かってるはずだ。
「……っ。だからといって」
少年の顔は苦しげに歪む。
「我とて、ライドウは大切だ。……だからといって」
――― 我は、アレを見捨てたりはできぬ!
「……うん」
そうだね。君は、そうだね。
君の中では、いつからか、“彼”とライドウの位置は微妙に逆転していた。
でも、“彼”はそれに気付かず、君もそれを気付かせなかった。
居心地のいい、関係を保って、寂しい彼が安心してくつろげる場所を、守ってやるために。
ホントにさ。優しいね。君は。
でも、ごめんね。……その優しさはさ。俺から言わせれば、欺瞞、だよ。
「でもさ、雷堂くん」
……シュラちゃん、はさ。
助けに来た人間が、自分とライドウのどっちを助けるか、迷ったと知ったその瞬間に。
「自分から、飛び降りてしまう子、だろ?」
助ける人間にも、ライドウ、にも。迷ったり苦しんだりする時間を、与えないために。
自分から、谷底に、笑いながら、落ちていく、そんな、子、だろ。
「だからさ」
俺たちにできることは。なるべく早くライドウを助けてやることじゃないかな、って思うんだ。
……シュラちゃんが、まだ崖にしがみついている、間に。
その言葉に、黒衣の少年は激しく首を振る。
「だが」
――― だが、もうアレ、は……っ!
そう言って、顔を覆う少年を見ながら、
ああ。やっぱり、誤魔化せなかったか、と鳴海は思う。
「うん……そう、だね」
……もう。飛び降りちゃった、みたい、だね。