アトノマツリ 07



我は、納得行かぬ。

真っ直ぐな瞳の、顔に瑕を持つ、彼は真っ直ぐに、そう言った。
ニャアと鳴いた黒猫に、何かを諭されたのか、微かに顔を歪め、それでも。なおも、言う。

「納得いかぬ」

困ったなぁ、と鳴海は一つ、溜息を付く。

「……ねえ、雷堂くん」
「……」

「よく、ある、たとえ話、だけどさ」

崖に二人、落ちそうになっている、人が居てさ。
どっちを、先に助けるか、っていう、話、知ってる?

無言でこくり、と肯くのを確かめて、鳴海は話を続ける。

「もし、その時、ライドウと、他の人間が引っかかっていたらさ。……俺たちは」

――― 間違いなく、ライドウを選ぶ、人間だ。

他のどんな偉い人間が引っかかっていようとも。
その人間が落ちることで、どれだけの人が泣こうとも。

ぴくり、と反応する彼を見ながら、今更に過ぎる解答解説は続く。

「シュラちゃんはそれを理解している。だから、俺たちを信用した。……だろ?」
君だって、“そのこと”を誰よりも分かってる(・・・・・・・・・)はずだ。


「……っ。だからといって」

少年の顔は苦しげに歪む。
「我とて、ライドウは大切だ。……だからといって」

――― 我は、アレを見捨てたりはできぬ!

「……うん」
そうだね。君は、そうだね。

君の中では、いつからか、“彼”とライドウの位置は微妙に逆転していた。

でも、“彼”はそれに気付かず、君もそれを気付かせなかった。
居心地のいい、関係を保って、寂しい彼が安心してくつろげる場所を、守ってやるために。

ホントにさ。優しいね。君は。
でも、ごめんね。……その優しさはさ。俺から言わせれば、欺瞞、だよ。

「でもさ、雷堂くん」
……シュラちゃん、はさ。
助けに来た人間が、自分とライドウのどっちを助けるか、迷ったと知ったその瞬間に。

「自分から、飛び降りてしまう子、だろ?」
助ける人間にも、ライドウ、にも。迷ったり苦しんだりする時間を、与えないために。
自分から、谷底に、笑いながら、落ちていく、そんな、子、だろ。

「だからさ」
俺たちにできることは。なるべく早くライドウを助けてやることじゃないかな、って思うんだ。
……シュラちゃんが、まだ崖にしがみついている、間に。

その言葉に、黒衣の少年は激しく首を振る。

「だが」
――― だが、もうアレ、は……っ!

そう言って、顔を覆う少年を見ながら、
ああ。やっぱり、誤魔化せなかったか、と鳴海は思う。

「うん……そう、だね」



……もう。飛び降りちゃった、みたい、だね。





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