キョウジ 5


地母の晩餐、って言うんだ。

ポツリと。異界の街に落ちた悲しげな声に俺は我に返る。

「地母の晩餐?今の、が?」
「うん」
「そう、か」

地母。天に貶められ、虐げられた、地の怒り。その熱。
大地に着せられた濡れ衣に比べれば、ソドムの罪など、蝋燭の灯火のようなもの。

「どうして、俺は、無事で」
「あんたのピクシーに感謝、するんだね」

「ピクシー、あいつが、何を」
「俺のピクシーと同調(シンクロ)させて、俺の暴走を止めた」

((やめて!シュラ!!))
俺のピクシー。最初の仲魔。最愛の友人。彼女の声じゃなければ、俺は止まらなかった。
止まらずに何もかも破壊していた。ライドウヲコロス、そのたった一言で。

「シンクロ?そんな、ことができるのか」
「同種の悪魔は何らかの繋がりを保持している。同じ分霊なら尚更だ」

だけど、と。シュラの口調は重く、固い。

「あんたと俺のピクシーじゃ、レベルが違いすぎる。自転車にタンカーを載せたようなものだ」

だから。
その存在は押しつぶされる、と、悲しげに見やるその手の平には、一枚の薄い羽。

「カタチだけでも残っていれば、治癒できたんだけど」
ごめん。とうつむくソイツに俺はかける言葉を持たない。

「ごめん。やっぱり、俺みたいな悪魔は」
帝都(ここ)に居ちゃ、いけない。




◇◆◇



「キョウジが持っててやって。彼女もきっとそう望んでる」

少し前なら、くだらねぇ感傷だと踏みにじっただろうその羽を俺は大事そうに受け取る。
守るべきモノが無かったあの頃より、守りたいモノができた今の方が確かに俺は、
強く、なったから。

「もう帰ってこねぇのか」
「うん」

「連れていかねぇのか」
「うん」

「そうか」

あの力を見た後では、俺にはそれ以上の何を言うことも無い。
コイツは何よりも、自分自身が怖いんだ。制御が利かなくなったときの自分が。
そして、その制御を崩すきっかけの視線を背中に感じて、俺の感情は苛立つ。


「キョウジ」
「な、何だ?」

「違う時空かもしれないから、絶対そう、とは言い切れない情報だけど」
俺の魔界の知り合いで、葛葉キョウジという者に召喚された者が居る。

「魔界?おいおい、そんな“本体”に近い高位の分霊なんざ召喚した覚えは」
「うん。だから、違う“キョウジ”だ」
「……おい。それ、って」
「うん。ゴウトさんが言ってたよね」

――― 「葛葉キョウジ」は一代で終わらぬ名となる、って。

こくり、と息を呑む俺のナカで快哉を叫ぶのは、俺の矜持だ。

だから。
「キョウジはもっと、自分を大事にしたほうが、いい」
これから生まれるたくさんのキョウジのためにも。ピクシーのためにも、と小さく、小さく呟いて。

「俺の名前は、シュラだよ。キョウジ」
あっさりと、その残酷で恐ろしい名前をくれた後に。
いつか、また。どこかで会えればいいねとソイツが湿っぽい別れの台詞を言うから。

ケッ。縁起でもねぇ。ゴウト童子になるのはごめんだぜ、と、いつものように俺は悪態をついて。
じゃあな。あばよ、シュラ。と、くるりとそいつに背を向けた。




◇◆◇



ガシガシと常より荒い足取りの向かう先は、最凶の悪魔の制御を崩すきっかけが立つ位置。

その。すれ違いざまに。

「なぜ、引き止めねぇ」
「諦めたか」

そう言葉の攻撃を畳み掛けても。
ただ、沈黙したまま、視線すら動かさぬその男に、呆れたように諦めたように溜息をつき。

「……だんまりか」
ケッ、こんな小セェ男とは思わなかったぜ。見損なったなぁと、大声で罵って。

「タマ無しが」

そんな小汚い捨て台詞を、ライドウにも、自分自身にも残して。
足早に去っていった初代葛葉キョウジの、苦い笑いの残像を何度も振り払いながら。
悲しげに俯いてしまった、触れること(あた)わぬ愛しい悪魔に声すらもかけられぬまま。

十四代目葛葉ライドウの口元はギシリと苦悶の音を立てた。





Ende


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