凪 7



「シュラ!まだこんなところで!かなり風も出てきたのに!」

凪を駅まで送ったライドウが帰ってくると、シュラはまだ屋上で寝そべっていた。
雨が来るのか、彼が眺める南の空には、雲に隠れようとしている上弦の月。

「どうせなら、布団で寝てください!まだ、熱は引いていないのでしょう?!」
「うーん?そろそろ大丈夫だよ。ライドウも心配性だな」

そう笑うシュラの顔色は良いとは言えない。

「心配させていると分かっているなら!」と怒鳴りかけたライドウは、シュラがゆらりと立ち上がるのを見て、言葉を止めた。

「……シュラ」
「なに?ライドウ」
ゆっくりと近づきながら、名を呼ぶライドウにシュラは俯いたまま答える。
「幾つか、聞きたいことがあります」
「答えられることなら、答えるよ」

「では……傷は?」
「ちょっと、力が弱っててね。ヘタをこいた。3日もあれば治る。ワカには確実にイヤミ言われるな、
まあ、あいつはそうシツコクないだろうけど。あと、ロウやボウにもまた大目玉だ。」
あの方達はネチネチやってくるから大変なんだよ〜とシュラは苦笑いを落とす。

「あの、指輪は?」
「うん。少し魔力入れた。今日のお礼に。……多分これで悪魔が彼女を襲うことは無いよ。
ああ、もちろん彼女のレベルアップの邪魔にはならないから、安心して」
(貴方の気を込めた指輪を持っている彼女が、悪魔の餌食になることなど天地がひっくり返っても
ないでしょうが!)とライドウは口に出さず悪態をつく。

「凪に何を願ったのですか?」
「あぁ。……これからもライドウをよろしくって」
「それだけですか?」
「……それだけだよ?」

「……凪は、気に入りましたか」
「うん。会えて嬉しかった。悪魔を友達って言ってくれる人に、最後に、会えて」
その言葉にライドウの身体がピクリと動く。

「いい子だよね。凪さん。凪さんだけじゃなく、鳴海さんも、もう一人の雷堂さんも、キチョウさんも、
もちろんゴウトさんも。お前の周りの人たちは、ホントにいい人ばかりで」

――― だから、俺もふんぎりついたよ。

そう言ってゆっくりと顔を上げ、ライドウの顔を真正面から見たシュラは、本当にどこか吹っ切れたような表情で。

「凪って、風が止まると書くんだよね。きれいな言葉」
名付けた人って風流だよね、とシュラは微笑む。

これ以上、聞きたくないとライドウは思う。


「ここで、お前と過ごせた時間が、俺にとっては凪だった」
楽しかった、でも、とシュラはつぶやく。

それ以上、何も言わないでくれとライドウは祈る。


――― でも、それは叶わぬ願い。風は、いつかは動かなければ、風で、なくなる。


「もう俺は動くよ。ライドウ」
言いながら、ライドウの横をすり抜け。

「次の望の月の夜」
ふわりと、甘い香りの風を起こして。

「帰る、な」

上弦の月を隠した黒雲から、ポツリと落ちた雫を頬に受けたライドウが振り向いたときには、
パタンと閉まるドアの音だけがそこに残っていた。





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上弦→望=あと7日