IRIS 01


弓月の君師範学校
某学年某組

「デハ、今日ハ日常デ必要トナル事柄ヲ、学ビマショウ」
写してください、と言いながら、銀髪の教師は異国の言葉を黒板に綴る。

e i n s
z w e i
d r e i

「コレハ、独逸語デノ、1、2、3デス。発音シマスノデ、繰リ返シテクダサイ」

アインス
ツヴァイ
ドライ

何度か発音を繰り返した後に、何か気付くことは無いか、と教師が問いかける。

「・・・あ!分かりました。全部、アイって音があります!」
「ソノトオリデス。独逸語ノ数字ハ、『愛』 カラ始マルノデース」

あはは。ホントだ。
・・・そっか。そう思うと覚えやすい〜。さすがシュナイダー先生。

難解なはずの異国語を、その深い知識と工夫で分かりやすく面白く教えてくれるこの教師は
あっという間に、この弓月の君師範学校での人気者になっていた。

「ソシテ、コノ 「 ア イ 」 ト、読ム綴リガ、大事ナノデスガ」

言いながら、黒板の綴りの全ての 「 e i 」 に、その教師は下線を引く。

――― このニ文字が揃って、アイと読ませます。これは、二重母音、という特殊なモノです。
他にも「 e u 」と書くと、オイ、「 i e 」と書くと、イーと読ませるモノがありますね。

「英語では、I の一文字でアイですよね?」
「エエ。Englisheハ、ムシロ、特殊ナ言語デスカラ」

――― I をアイと読ませる言語は、そう、多くは無いのですよ。

へーそうなんだー。と、少年達はまた世界の広さを知る。

「ソウデスネ。例エバ」
いい例えを探して、きょろきょろと周囲を見回していた教師は、ふと窓の外の何かに目を留め。
ほんの少し。ほんの少しだけ悲しそうに、瞳を揺らした。

「・・・アノ花ヲ、見テクダサイ」
校庭の隅にある湿地に、紫や黄色の花が見える。

「あれって、アヤメ?」
「え?菖蒲じゃなかったか?ほら五月の節句に風呂に入れる」
クスクス。
「日本語ハ多様デスネ。・・・アノ花ハ、多クノ国デ、コウ綴リマス」
そう言いながら、教師が書いた単語に、ライドウは心臓の鼓動が止まるのを知覚する。

―――   I r i s

「皆サンナラ、コノ綴リヲドウ読ミマスカ?」
「・・・アイリス」
思わず呟いたライドウの言葉を、教師は肯きながら受ける。

「ソウ。英語ナラ、アイリス、ト、読ミマス。デスガ」

――― 多くの言語では「 イ リ ス 」と読むのです。もちろん独逸語でも。

皆さんならギリシャ神話を読まれた方も多く居るかと思いますが、
その中にもこの名を持つ女神が出てきます。
そして、やはりこの女神の名もまた、イリスなのですよ。

ああ、何か、そういう話、読んだ気がするなぁ。そういや、イリス、って書いてたと思う。
へー。ドイツでもギリシャでもそうなんだ。
うん。英語読みが標準、とかって思い込んじゃダメだよな。

柔軟な思考の重要性を、さりげなく少年達に教えた教師は、ニコリと笑い。
脱線しましたね。では数字の続きを、と授業を再開した。



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一部にリアルで人気のあるシュナイダー先生。
ゆっくりと、「彼の本当の名前」の謎解きを。