独り神 4



「いや、ね。ウチの馬鹿な悪魔が一体、こちらに迷い込んだようでね」

既にその大いなる魔力で束縛したのか、動けぬままに憎悪の言葉を吐き散らすソレを、
かつてルイと名乗り、シュラにワカと呼ばれた容を採る魔王の"端末"は呆れたように見やる。

……ココは僕の担当だからねぇ。そういう契約だから仕方ない。まあ、君が無事でよかったよ。
念の為に確かめてみると、こっちの愚かな人間の憎悪に同調して、喚ばれたようじゃないか。

そう言って、ちろり、とライドウを見る。

「キミを殺したいほどに、憎んでいる人間のね」
「……あんな馬鹿のことなど、どうでもいい。なぜ、見知らぬ悪魔が僕を憎む」

硬い声で問うライドウに、口元から幾許かの残酷さを見せて、"端末"は言葉を返す。
「理由は、アレが叫んでいるよ。聞いておやり。せめて、聞くぐらいは」

言われてライドウも化け物へと、注意を向ける。かろうじて解読できるその叫びは。

「「くぉろしてやるぅ。らぁいどぉおう!おま、おまえさえ、いな、いなければあぁあぁ。
しゅ、しゅら、さ、まは。しゅらさまはぁ」」

――― シュラ、様?

「「しゅらさまはぁ。おれ、を。おれ、たちを、みぃて、くださぁあるうぅぅぅううう」」

ふふ、と "端末"は笑う。
「哀れ、だろう?」
「どう、いう、ことだ」
「キミが三国一の果報者だということだよ」
天界・人界・魔界の3つの国の、ね。……ああ、これは我ながら巧い言い方だったねぇ。

「ふざけるな」
「ふざけていないよ。アレはシュラの"子供"だからね」
――― 子供?

「子供が母親の愛情を独占したいと思うのは、自然なことだろう?」
――― 母親?

「なのに、その全てが既に他者に捧げられた後だと知ったときの、彼らの絶望が分かるかい?」
――― 彼ら?

「と言っても、キミを殺しても、シュラの心が手に入るわけでも無いのにね」

「……シュラは、今」
自分こそがライドウを殺したいのだと言わんばかりの視線を投げた"端末"に頓着せず、ライドウは
最後まで言の葉にできぬ問いを投げかける。

何があった。何をされて、何をさせられて。……今、無事で居るのか。
心に浮かぶのは夢で聞いた悲鳴。
助けを求めて呼ばれた、いや、呼ばれかけて止められた自分の名の音を示す、哀しい、声。

ふぅ、と、珍しく、"端末"は溜息をつく。口止めされているのだけれど、と。

「自分の望むものの為になら、手段を選ばない者は、どこにでも、居るものだ」
どんなに求めても得られない愛情の在り処を探そうと、無茶なコトをする輩が居てね。

……僕達の不在時を狙って……露呈しないとでも思ったか、愚か者どもが。
呟く声はその音だけで低位の悪魔なら消滅させられるほどに厳しく。

「これは僕達の管理不行き届きではあるからね。今は、彼は眠らせているよ。少しばかり修正が
必要だからね。目覚めたときは、もう痛みも苦しみも、きっと、忘れていることだろう」
だから、心配は要らないよ。記憶を削ると、少し力は落ちるけれども、仕方ない。

「僕としても。ああいう苦しみ方をするシュラを見るのは、忍びなくてね。
……僕の手で啼かせるならともかく」

遠まわしな、抽象的な説明に、それでも何があったかを、察し。
ぎり、とその視線だけで、相手を殺せるほどの憎しみをこめたライドウを見つめ返し。
魔王の"端末"は断罪の言葉を吐く。

でもこれはキミのせい(・・・・・)でもあるからね。

……僕のせい(・・・・)

だから。
「彼のたっての希望でキミに関する記憶も全て消去させてもらったから」
もう、彼の声が、君の心を乱すことは無いだろう、と魔王の"端末"は冷酷な言葉を続ける。

何故、と。問うてくる黒い瞳に、青い瞳はどこか労わるような光を返す。
だから、口止めされているのだけれど、と。

「……シュラも馬鹿では無いからね。
身内であるはずの悪魔ですら採る手段なら、敵が当然 同じこと(・・・・)をすると予想したのだよ」

キミはもちろんのこと、キミの上司や黒猫君を人質に取られたら、彼は戦えないだろう?

ブル、と握り締めた拳が震えるのをライドウは知覚する。
では、つまり。彼は、僕を。僕達を守るために。その悪魔どもに。その身を。また。

「……だから、忘れる、と」
震えた、感情を滅した声で、ライドウは問い返す。

「記憶が無ければ、キミ達を利用しようも無いからね」
正しい判断だと、僕も思うよ、と"端末"は呟く。僕もキミ以外は守る気は無いしね、と。

「お綺麗なはずの天界のモノ達の実態が、どんなものか、キミも目の当たりにしただろう?」

あの夜、周囲の人間全員を人質にシュラを捕らえようとした、醜い天の御使いが脳裏に浮かび、
痛みを耐えるように悪魔召喚師は、硬く眼を閉じる。

「ああ、後、シュラから伝言だ」

本当に済まない。もう二度と(・・・・・)迷惑をかけたりしないから、安心してほしいと。
そう、伝えてくれと言われてね。

――― プツリ、と。最後の繋がりを断ち切られた音が、どこかから聞こえるように思え。

そして、また、貴方は "独り" に、なるのか、と、
叫ぶ心臓の上で、知らず手を握り締めるライドウを気遣うように、言葉は続く。

「無意識でキミに助けを求めてしまった自分を、心の底から責めていたよ」

でも、もう。
「安心したまえ、アレで最後の一体だ。キミのことを知っているのは」
……無茶なコトをした愚かな輩のね。

だから、ね。と魔王の"端末"は微笑んだ。

「だから。僕はアレを回収しに来たのだよ」
僕達の管理不行き届き、だしね。と。

――― キミを守ることが、僕と彼との契約、なのだから。と。



◇◆◇



単身、あの化け物を退けただけでなく、異界化まで為して、葛葉の里を被害から守るとは。
何と、その力量も心ばえも、優れたる若者か。
やはり、神に愛されし者。次代の長は、彼に決まりであるな。

暫しの後、化け物と共に去った魔王の"端末"が予言した通りの賞賛が、彼にかけられる。
その、一方で。

○○殿は、精神崩壊されたらしいぞ。
あれほどの化け物を召喚してしまったのであるから、止むを得まい。
しかし、○○殿は、十四代目を陥れようとされていたとのこと。これはやはり。
うむ。天罰であるな。……これで、今後、十四代目を粗略に扱う者は二度と出まい。

敬意と憧憬の影に隠れる、畏怖と羨望。

そして、そのどちらにも何の感動も反応も見せぬまま、当の本人は、ただ下を向き、黙したまま
その場に立ち竦む。

彼の耳に残るのは、不可解な、でも、どこか覚えのある、魔王の言葉。

(君も、そうしたければ、シュラのことを全部忘れることはできるのだよ。……そう、願えば。
優しいシュラが、君のために、そうして、いって、くれただろう?
ああ、でも、覚えていないのだね。でも、覚えていなくとも、そう願えば、そうできるよ?
そう、してやるがいい。それが、シュラの望みだよ)

「……誰、が……っ」
誰が、忘れる、ものか。離すものか。失う、ものか。

「……僕の、モノだ」
この苦しみも痛みも悲しみも懊悩も、その故を思い出せぬままに篭る体の熱さえ、も。
忘れない、離さない、失え、ない。……どうかもう、これ以上(・・・・)、 僕から貴方を奪わないで。シュラ。

――― たとえ、貴方の望みでも。これ以上、貴方を"独り"には、しない。



『ライドウ?』
どうした。さすがに疲れたか?

心配気に傍に寄る黒猫に、口の端だけで微笑んでみせて。

「ああ。……少し」

そう返す、正に前途洋洋たる若者の。
この里に存する者なら誰もが羨む全てを、名実共に手の内にした彼の瞳が。

その望外なはずの幸せに反して、更に冥さを増していることに気付く者は。

まだ誰も居ない。



Ende

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後書きは現時点での補足説明ですので反転です。

ティアマットの少し過去話になります。この時点では"子供"にしたのは恐らくルイ様。
今回の修正にて、迂闊に周囲が手を出せない体に改造したと予想。
(狂っちゃう満月以外は、唯一の弱点であるライドウさん達さえ忘れれば無敵なので)

で、ライドウさん達は、このまま放っておくと、設定上あちらの勢力に悪い形で利用されるのが 確実なので、早めに防御させていただきました。いや、そういう話(天の勢力の切り札がライドウで、 地の勢力の切り札が人修羅⇒公式表紙的 殺し愛)も萌えますけれども。それはまた違う話ということで。