独り神 3



「舐められた、ものだ」
透き通った氷のような声と共に。ビリビリと、空気を引き裂くような凄まじい気がその場を覆う。

「ラ、イドウ。なぜ」
驚愕に顔を歪めた、その悪魔の口元から紅い筋がすぅ、と流れ落ちる。

「……それ以上、その姿で、その声で、言葉を紡ぐな」
どれだけ混乱させられ、うまく擬態を為されよう、とも、この己が騙されるはずも、ない。

「なぁ、ぜぇ。わかったあぁあ゛あ?」
ゆらりと仮の姿が崩れ、その醜い姿とおぞましい声があらわになっていく。

「この、程度の、悪魔を、彼に、仕立てよう、とは」
上位の技芸属からは、ことごとく拒否されたのだろうが。
……当然か。合体制限の無いソレはいずれも"彼"と僕に好意を寄せるモノ達なのだから。

ぐあぁ、と叫ぶソレを見る、黒い瞳はシュと忌々しげに細められる。

本当に、舐められた、ものだ。その気も、香も、何もかも。……まるで、違う、ものを。

――― 見た目だけで惑わされる程度の想いなら、 これほどに苦しみはしないものを。


場に満ちていく気は、最愛のモノの姿を利用され、汚された彼の怒りと哀しみ。
動くだけで皮膚が切り裂かれるかと思うほどに強いそれは、これまでの演武が彼にとっては正しく 子供だましに過ぎぬ程度のものであったことを如実に語り、観覧する者の息を止めさせる。

ザクと、先ほど突き刺した悪魔の急所から、身を裂くように退魔刀が振りぬかれ。
本来の姿に戻ったレギオンの断末魔の悲鳴も聞かぬまま、ライドウはジョロウグモに向き直る。

「お前も、滅されたいか」
闇より深い、黒い瞳に射竦められて、八本脚のその悪魔は硬直し、暫しの後。

「では。これにて、演武の儀は終了として、よろしいでしょうか」と。
氷点下の声で、お歴々に向き直る召喚師の下僕として、その場にその頭を垂れた。

そして。

ゴウト以外の誰もが初めて見る、十四代目の「本気」の凄まじさに。
並み居る一族の誰もが、言葉ひとつ発することも出来ず。
そのまま沈黙のままに、儀が終わるかと思った、そのとき。

「ぐあぁあっ!」
件の幹部が常ならぬ叫び声を上げ、彼の周囲から黒い煙のようなモノが湧き上がる。

「何だ!どうした!!」
「ど、どうされた?何を!」
「一体、これは!」

周囲が驚き焦る中、倒れ付した幹部の傍に、ボウ、と巨大な何かが姿を現した。

『召喚か』
そういえば、ヤツは召喚術のみは同世代で白眉であった、とゴウトは思い出す。
召喚したものの、制御できぬまま自滅することも、また、多かったが、と。
だが、これは。

『ライドウ、気をつけろ。これは、別次元の悪魔だ』
「魔界の住人、だな。彼が、これほどの召喚の力を有していたとは」
『いや、恐らくは、ヤツの憎悪に引き寄せられたか。もしくは同調したか』
「同調?」
何の?と聞くまでも無く、その化け物は唸り声を上げる。

「「ら、らいどぉおぉぉっ!どこ、だぁあぁあっ!!」」

コロシテやる、と叫ぶその音は、確かに、同調。
"十四代目葛葉ライドウ"に対する、憎悪と殺意への。

『やれるか』
「やってみる。ゴウトは他のモノに避難の指示を」

ゴウ、と吹き付ける、その化け物からの悪意の気を感じながら、ライドウは攻撃態勢を整える。
会ったことはもちろん、見たことも無い、化け物。
種族はおろか、名すらも分からぬ、それはライドウの名を呼び、その死を叫ぶ。

ビュ、と飛んできた触手を紙一重で避け、斬りつけたソレから落ちる体液はジュと床を焦がす。

――― ち。酸の体液か。下手に刀攻撃はできないな。

冷静に状況を判断しつつ、本来の仲魔の管を取ってくるようにゴウトに頼むべきだったかと、頭のどこかでチラリと思う。遠距離攻撃の銃では、おそらくは致命傷は与えられまい。かと言って、このジョロウグモの魔力では、やはり大した戦力にも、とライドウが思考を巡らせていると。

ガバリ、とその化け物がその顎を開け、魔力を収束し始める。
高位の魔法攻撃と判断したライドウが、その射程圏内から逃れようと動いたその時。

ゆらりとその場の層が揺れ、やがてゆるりと濃密な魔の大気が垂れ込める。

――― 異界化。
一体、誰が、と思うまでも無く。
その気を感じただけで、怒りと憎しみに身も心も震える存在を認めて、悪魔召喚師は眉を寄せる。

「何の用だ。今更」
もう、僕に関わる必要も、無い、だろうに。
あの、優しい悪魔をその手に奪い去った、今、となっては。

ふふ。
「ご挨拶だね、相変わらず」
まあ、そういうところが気に入っているのだよ。
僕も。そして、きっと、彼もね。

そう言って。
青い瞳をした青年は、ニコリと美しい笑顔を見せた。


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