「・・・んっ、」
くちゃりと、舌の絡む音が寝台へと落ちる。
本当の願いは。
――― 誰よりも貴方の傍に。
そう、苦しげに告白した下僕に与えられたのは、優しい主の許しの言葉。
――― なら、誰よりも俺の傍に、おいで、リン。と微笑まれて。
犬は優しい主人へと、寄り添い、耐えられぬように抱きしめて、深く口付けたのだ。
◇◆◇
「貴方は失われるわけには、参りません」
傷ついたように歪む主の瞳を覗き込んで、幾度も口付けを落としながら。
クー・フーリンは言い聞かせるように懇願する。
貴方を失うわけには、いかないと。
「分かって、いるよ。リン」
本当は分かっている。俺は、死ねない。このまま俺が死ねば。
絶望したままの、俺が戻れば。全部、失われる。アイツも。アイツの世界も。何もかも。
だから、まだ、俺は、死ぬわけには、いかない。
「主、様」
己の本質とその重すぎる業を、既に理解している哀しい主を下僕は慰めるように抱きしめる。
その震えを止めて差し上げたいと、優しく、腕に包む。
その優しさに抱かれて、揺らされながら、美しい天秤は声に出さず、謝る。
ごめん。
ごめんな、リン。
結局。俺はお前に甘えてる。
本当は、何もかも、お前にやりたいのに。でも。もう。
俺はそれを持ってないんだ。自分が持っていないものをやることは、できないから。でも。
それでも。
「傍にいて、くれる?・・・リン」
震える声で落とされる問いは、下僕にとっては、もう今更に過ぎる己の願い。
「本当によろしいの、ですか」
“私”が、傍に、居ても。
「うん。俺は、いいよ、“お前”なら」
お前が本当に欲しいのが、この気持ちなのかどうかは分からない、けど。
「“私”、なら?」
「うん」
他の誰でもない。お前なら。いや、お前だから、傍に居て、欲しい。
「・・・」
「でも、お前が、嫌なら、いい」
俺のわがままだからな。これ以上お前を振り回すつもりは無いよ。
「・・・断われば。代わりを、探されますか 」
想像するだけでも怒りで体が燃えそうだ。ああ、あの狂戦士のとき以上に。
「いや。・・・代わりはいらない。・・・もう」
そう言う俺にお前が向ける瞳は甘く軋む。嬉しげに悲しげに狂気を含んで揺れる。
「・・・では、ご命令を。我が主」
そう言われて、それは、お前が求めているものでは無いと分かってて、命じる俺はずるい。
「傍に居てくれ、リン」
俺が、壊れる、その日まで。
「御心のままに」
貴方がそう望まれるのならば
すまない。
いいえ。
そして。
再び始まった優しい口づけに。
ふる、と惑うように瞳を閉じてしまった美しい天秤を、柔らかく揺らしながら。
白の分銅となった男は、自分自身をも、ふるりと、揺らした。
――― この世の終わりまで続くであろう、至上の悦びと地獄の苦しみを、夢見て。