最後の戦いを前に、シュラが不要な記憶を消去されてしばらくした後、
ケテル城では奇妙なことが起こった。美と強さを誇る悪魔どもがある日突然、狂いだすのだ。
その「狂い」は精神面や思考能力だけでなく、肉体面にも及んだ。
ある女悪魔は身体を
徐々に腐らせてスライムのような形状に変わり、またある男悪魔は醜い疣を身体中に
浮き上がらせ見るもおぞましい化け物と変わった。
すわ、何かの呪いか奇病かと慌てた悪魔どもはやがて、その化け物達の共通点を知る。
異形に変わり、言葉も解さなくなった狂気の者共のそのいずれもが、「あるモノ」の命令だけは
聞くのだ。
そして、自我を失い、異形と化した自らの腕や脚がちぎれとぶことすら意に介さず、
ただ、狂ったように「あるモノ」を守り戦う、その変わり果てた者共を、誰とは無く「闇の獣の子」と呼ぶようになる。
◇◆◇
会議の場を出てから、シュラは一言も話さない。
どこか思いつめたようなその表情にウリエルも声をかけることが出来ず。
黙したまま、シュラの部屋の前まで二人が来たときに、ようやくシュラがウリエルを振り返った。
「もう、私の直属じゃなくても、いいよ、ね。ウリエル。」
あっさりと落とされるその言葉に、天使は咄嗟に答えることも出来ないほど、衝撃を受ける。
「だから、さっきのはルイに取り消してもらおう」
ね、と微笑む残酷な主に、ウリエルはたまらず、縋りついた。
「ウ、ウリエル?」
女性体のシュラの華奢な手を両手で掴み、ウリエルはその場に祈るように両膝を着く。
「・・・また、御手を離されるのですか」
「・・・」
「嫌、です」
「・・・」
震える声で言い募っても、返される言葉は無く。
己の主人の残酷なまでの優しさを知る下僕は戦慄する。
「嫌です!」
「・・・」
黙ったまま顔を背けるシュラにウリエルはただ、祈る。
「どうか」
「・・・」
「どうか、お傍に」
「・・・」
それでも答えない主の手に口づけて、懇願する。
「ならば、もういっそ、この御手で、今ここで、殺してください・・・っ!」
また、あの地獄の日々を過ごすぐらいなら、今、すぐに、消滅して、しまい、たい。
やっと。お傍に来れたと、思った、のに。
「・・・ウリエル」
長い沈黙の後に、そのまま動かぬ天使の背中に、シュラがぽつりと言葉を落とす。
「ウリエル」
「はい」
顔を上げて、縋るように見つめる青い瞳は、己の主の顔しか映さない。
「何を、されるか、分かってる?」
「・・・薄々は」
「・・・そう」
「・・・」
「いいの?」
「はい」
「死ぬより辛いかもしれないよ」
「貴方の、傍に居られるなら」
「・・・そう」
なら、明日、もう一度ここにおいで。
悲しげに落とされたその言葉にウリエルは心から嬉しそうに、はい、と答えた。