誓(ゲッシュ)02



「ぼ、ぼく、たち、な、なにも」
「た、ただ、こ、この狐が」
「そ、そうです。この狐が、ヒトの匂いをさせてて」
「こ、こんな穢れたモノがシュラ様の傍に居るなんて、と」

驚天動地の様で見苦しく彼らが弁解をする前に立つのは。
無双の槍をつかい、百人の戦士を一度に屠ったとされる、ケルトの大英雄。


(おい、クー。そろそろ、てめーの名前さ、『Cu・Shulainn』とか改名すれば?)
そう言って笑い転げておられたのは、確かロキ様だったか。
おそらくは嫌味を兼ねた冗談であったそれに。
『シュラの猟犬』ですか。それもいいですね、とにっこりと鮮やかに返しておられたこの方は。

「だ、だから、僕たちは、悪くないんです。クー・フーリン様!!」

そう。クー・フーリン様。
誰よりもあの方のお傍にあって、誰よりもその”信頼”を得る方。
ロキ様と、共に。あの方の、深い寵愛を得る、強く美しい、戦士。

「・・・言いたいことは、それだけですか」
え、と、怖じる彼らに、その涼やかな声は追い討ちをかける。

「・・・ヒトの血が混じっていれば、穢れたモノ、ですか」
私の母、デヒテラが、人間だったと知っていて、そう言ったのなら。
「その勇気、称えてあげましょう」

――― つまり、貴方がたは、私もあの方の傍に居るのに相応しくない、と言いたいわけですね。

冷ややかに落とされるその言葉を受けて、
ひ、と。
声にならぬ悲鳴を彼らがあげたのが聞こえる。

ですが、と。
その悲鳴が聞こえなかったように、半人半神の彼は言葉を続ける。

「ですが、我が主が、元はヒトであられたことを知っていて、そう言ったのなら」
あの方を穢れたモノ、と評したと、言うのなら。

「今すぐ、その首を斬って、我が主に捧げることといたしますが」
如何に、と問うその声は既に冷ややか、では無い。

彼の姿から立ち上る、白い闘気に見惚れながら。
炎とは、赤よりも、むしろ白い方が非常に高い温度を持つのだと。
どこで得たか、はっきりとしないその知識を、クズノハは思い出していた。



◇◆◇



「大丈夫、ですか?クズノハ」
「ありがとう、ございました。・・・クー・フーリン様」

泣きそうな悲鳴を上げて、彼らが謝りながら逃げ去った後。
白い幻魔はどこか無表情に、子狐に声をかけ、返るのは素直な礼の音。

「・・・・・・慣れませんね(・・・あなたに、敬称を付けて呼ばれるのは)」
「え?」

「いえ。それより、軽率ですよ。クズノハ」
「・・・」

「今しばらくは、一部を除き、あなたの本当の力は見せない約束、でしたね」
「・・・」

「あの方、との」
「・・・はい」

申し訳無さそうに耳を垂れる子狐を見て、クー・フーリンは心中で苦笑する。
あんなにも、許せないと思った相手、なのに。これでは、憎みようが無いではないか、と。

「・・・(ゲッシュ)と、言うのですよ」
「げっしゅ?」

「してはならぬこと、禁忌を自ら定めて、それを守ることです」
「禁忌、ですか」

「ええ。それを破ると、災いを招きます。・・・人界での私はそれ故に、斃れました」
「・・・」

(結果、あの方に会えたのですから、禍福は糾える縄、なのですけれどもね)

だから、クズノハ、と。彼は言う。

「それがたとえ、あの方の誇りを守る為、であったとしても」
あなたが傷つけば、あの方が悲しまれることを、忘れずに。
再び(・・)、あの方を傷つければ、 私は今度こそ(・・・・)、あなたをあの方の視界に入らないようにするでしょう。

「・・・はい」
腑に落ちぬはずの副詞(・・)は、心のどこかが自然に受け入れる。

――― どこかで、覚えている。僕は、ずっとずっと前にもこの方を。
いや、この方だけじゃない。シュラ様の傍に居る方々の、ほとんどを。
何よりも、シュラ様を。
自分がきっと、シュラ様を傷つけたのだと、いう、ことも。
ずっと、ずっと僕は知って、いた。

だから、なのだろう。この方から。いや、この方だけではない。
シュラ様の傍に居る方々から、時々突き刺すような鋭い視線が与えられる、のも。

「・・・責めているわけでは、ありません。先程のことは、主様には内密にしておきますから」
以後、気をつけて。

そう言い残して立ち去る、姿勢のいい後姿に、ぺこり、と一礼をする子狐に。
背中越しに、優しい言葉が与えられた。

そろそろ会議の終わる頃、ですよ。・・・早く、お迎えに行きなさい、と。



◇◆◇



サク、と歩むクー・フーリンの頭上から、ふざけた色の声が落ちる。

「優しいじゃねーか。クー」
「・・・主命を守っただけです」

やはり、居ましたか、と溜息をつきそうになりながら、樹上に居るソレに冷静に返す。

「主命・・・って、ああ、アレか。でも、・・・転生前の話だぜ」
「あなたも、言われたでしょう。ロキ。そしてそれを、今も守っている。・・・あなたも」

忘れたような、いい加減なふうな様子で、うまく誤魔化しながら。
知っていますよ。彼に何か起こらないように、いつもさりげなく周囲をうかがっていることを。

「・・・命令の撤回が、無いからな」
「・・・状況から判断して、永遠に撤回されないでしょうね」
「忘れてやがるからな・・・仕方ない、こととは言え」

本当に困ったご主人様、だぜ。正に悪魔の中の悪魔、だよな。

まあ、でも。
「だからって、認めたわけじゃねーぞ」

そうですね。
「私もです」

本当にあの方が幸せになれる、と確信できる、までは。

「けして、認めませんよ。・・・クズノハライドウ」

そっと、口の中で呟かれたその言葉に。
おお、怖ぇ!!と。
北欧の魔王は笑いながら、大げさにびびって、みせた。





Ende



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後書き反転

クー・フーリンの正しい綴りは『Cu・Chulainn』(一つ目のuの上にダッシュ付き)
あら、そのまま読んでもシュラと読めなくもないような。(ケルトの皆さんホントすみません)

お母様の名前はケルト事典によるとデヒテラ様。
そして父親はルー説が有力なんですが、諸説(他に候補が2人もw!)あるので濁しました。
あ、ルーってケルトの主神です。藪からスティックじゃないよ(←分かっとるわ!)

首を斬る、というのは実際にケルトにあった習慣です。
戦利品としたり、貴重な財産としたりしたそうですが。
残忍さというよりは宗教儀式的な色合いが強いようです。
日本だと、そんなに抵抗無い表現なんですけどね。
自分達に無い習慣は何でも「野蛮」だと貶めてきましたからねー。あの方々。
だからSJでも・・・って、続きはまた。
さーこれでSJやっていないアナタも、やりたくなりませんかSJ?・・・なりませんか。