「お帰りなさいませ、シュラ様」
「・・・」
(・・・あれ?)
出迎えたクズノハの前で、最愛のご主人様は何やら固まったまま、考え込んでいる。
「シュラ様?」
「あ、うん。ただいま・・・クズノハ・・・」
(・・・あれれ?)
怪訝そうにピョコンと首をひねる子狐の前で、最愛のご主人様は、は〜と深い溜息をついている。
「?」
いつもなら、部屋に帰るなり即行で自分を抱きあげて、「今日も一人モフモフ祭〜」と幸せそうに
謎の呪文を唱えるご主人様が、今日は一向に抱き上げる、どころか、撫でてもくださらない。
・・・お疲れなのだろうか、それとも、まさか、ご病気?
「どうか、なされたのですか?シュラ様」
心配そうな子狐の声に気付いたのか、やっと最愛の同居人へと顔を向けたシュラは。
何でもないよ、と、困ったように笑って、ふわりとクズノハを抱きしめた。
◇◆◇
「ああ、それは、あれでお悩みなんでしょ」
「・・・あれ?とは?」
「ほら、貴族連中があんまりしつこいんで、ルイ様がしぶしぶ認めたって、例のイベント」
「何のこと、です?」
「ほら、お見合いパーティ」
「えええっ!!お見合い?!シュラ様が?誰と?」
飛び上がらんばかりに驚くクズノハに、
「・・・何でアンタが知らないのよ・・・魔界で一番シュラ様のお傍に居るくせに」
と、銀狐のジルは呆れたような溜息をかける。
「だ、だって、知らないものは、知らない・・・としか」
答えようが、と律儀に会話を続けながらも、クズノハの頭の中はジルが落とした先ほどの爆弾情報でいっぱいである。
「お見合い、だ、なんて、そ、んな」
驚いて、慌てて、混乱して。
「そんな、御方が、できたら、僕は、もう・・・お傍には」
やがて、いらないところにまで想像が追いついたのだろう。次第に無口になり、瞳を潤ませ始めた子狐を見て、ジルは先ほどとは違う類の深い溜息をついた。
お見合いっていっても、多分、アンタが思ってるのとは違うわよ、と。
「ほら、シュラ様って、世界に一体しか存在しない希少な悪魔でしょ?」
ほんでもって、あれだけ強くて美しくて・・・ってんだから、どの種族も欲しいのよ。
「欲しい?何が?」
「シュラ様の“種”が」
「た、たね・・・って」
・・・多少はそういう話も理解できるようになってきたクズノハだが、あまりにストレートすぎる表現に、閉口し、思わず口ごもるが。
「魔族って、そもそもあんまり子供できないんだけど。だから、余計にね」
繁殖率の高いヒトの遺伝子を持っていたシュラ様の種なら、優秀な後継者が高い確率で得られるに違いないって。もう皆、虎視眈々なのよ〜。
その戸惑いに頓着せず、今やクズノハの一番の親友であるジルは滔々と説明を続ける。
「ホントは女性体のシュラ様にぜひ我が種族の跡継ぎを産んでほしいって、声も多いんだけどー」
「じょせ・・・あとつ・・・うんで・・・って・・・」
間延びした何でもないような言い方で落とされる爆弾に、クズノハの脳内は崩壊寸前である。
「でも、いくらなんでも、身篭った状態で天界と戦闘なんかできないでしょ?
シュラ様が戦線離脱したら、いくら今が優位たって、勝敗の行く末が分からなくなるしー。
で、それは諦めるから、戦闘と戦闘の合間の気晴らしでいいから、お相手をお願いしたいって」
「・・・誰と」
「そりゃ、それぞれの種族代表のお姫様連中と」
・・・で、ちょっと待て!戦闘で疲れて帰ってきた後で、誰だか分からない悪魔とベッドインなんか
冗談じゃないって、シュラ様がぶちぎれたところまではいいんだけど。
「いいんだけど?」
「じゃあ、誰だか分かっている相手ならいいんですね!って話にもっていかれたらしいよ。強引に」
「・・・」
「だからさ。近々、各種族の自慢の“雌”を集めて、お見合いパーティなのよ〜」
シュラ様が気に入った娘が居れば、何体でもお部屋に連れてってくださいってな感じで。
複数いっぺんが嫌だとおっしゃるなら、うまく、ローテ組みますから!とか。
「何でも、ソーマ山ほど仕入れて、準備万端だって、聞いたわよ」
「・・・」
ちなみに。
おい待て!それはお見合いと言うよりは、乱交パーティじゃないのか!
と、シュラも叫んだらしいが。・・・その反撃は、まるっと無視されたそうだ。
さすが魔界。目的のためならやりたい放題だ。
「・・・」
一通りの話は、分かったものの。
あまりに過激な内容に、ゲシュタルト崩壊寸前で体を震わせるクズノハを見ながら。
ホントに困ったわねぇ、とジルも頭を振るわせた。
(この調子じゃ、私もそのパーティに参加する予定だなんて、言えないじゃない)