「桔梗!」
愛しい声に偽りの名で呼ばれて、トクリと胸を打つのは少しの罪悪感と、それ以上の喜び。
ずっと、心配していた愛しい主の駆け寄ってくる姿を見て、思わずとクズノハの瞳が潤み。
お邪魔虫は不要ね、と悟ったジルがそっとその場を去る。
「シュラ様。…ご無事で、」
良かった、と言いかける暇もなく。
「え」
間近で瞳を合わせられて。そっと、優しく髪をかきあげられて。
確かめるように、遠慮深げに頬に触れる指先の優しさに、ドキリとする。
「良かった。さすがにウリエルの癒しの術。ヒトツも傷跡、残ってないね。……でも」
ごめん。酷い目に遭わせたね、とすまなそうに頭を下げるシュラの姿に、クズノハは焦る。
「いい、え。いいえ、ボ…いえ、私のほうこそ力足らずで」
何も、できなくて。他の方みたいに、お役に立てなくて。
「そんなこと、無いよ」
俺、途中からキレちゃってよく覚えてないけど。
「すっごく、かっこよかった!」
(お前、すっごくかっこよかった!)
「!」
それは。
いつか、どこかで、同じ声で、同じ笑顔で、聞いた、賞賛。
ずっと前に。ずっとずっと前に。ココじゃないどこかで。
――― どこで?
知らぬ記憶に子狐が、戸惑う隙にいきなりと。
「また、会えるかな」
主から問われたソレに、嘘で返せるほどに子狐はまだ“化かす”ことに慣れておらず。
どう答えていいか分からずに、視線を揺らして、うつむいてしまった様子を見て。
シュラは思わずと苦笑する。
(本当に、この子は。魔族とも、思えないほどに…)
「可愛いね」
「え?……ぁ」
小さな小さな、優しい囁きに、思わず上げたクズノハの白い額。
その中心に、シュラの唇がほんの少し、触れる。
それは、故意のような偶然のような、淡い、接触。
それだけで、ぽう、と赤くなってしまった桔梗に。
「続きは、会えたときに、ね」と、混沌の悪魔は困ったように優しく、笑い。
“続き”、の意味も分からぬままに、幼いクズノハはこくりと素直に肯いた。