「あー!面白かったー」
「面白かった?何が?」
キョトンとする幼い友人に、ジルは相変わらず鈍感ねぇとその鼻先をつんとつついてやる。
「ほら。あんたが尻尾を6本出したときの、みんなの顔!」
嘘だ。そんなバカな。こんな前例は見たことが。どこの血筋だ。誰の血統だ。何?分からない?
そんなことがあるか!野狐の子がこんな短期間で6本だと!ありえないぞ!!
「って、ほら延々と大騒ぎ!」
「……ああ」
その惨状を思い出し、少々疲れた目になったクズノハは今は少年のカタチをしている。
「あと、あんたがお爺さまに言われて、人型になったときも、ほら!」
(((((((どうして男に!)))))))
「って、大騒ぎで!」
ホント久しぶりに大笑いしたわー!
どんな超絶美少女が現れるか!って興味津々だったのが丸分かりよ!ドスケベどもー!!
と、姫君とも思えぬ言葉を吐きながら、豪快な笑いを続ける友人を、白磁の肌の超絶美少年は、
より一層疲れた目で、見やった。
◇◆◇
「なぜ、その性のカタチをとる? 女性体のほうが化けやすかろう?」
「女性体では、シュラ様をお守りできません」
それは。何度も。何度も何度も自らに言い聞かせた理由。男性体になる理由。生きる理由。
(弱い女性体などになれば、絶対にあの優しい方は僕を戦場に連れていってはくださらない。
きっと置いていかれる。また、置いて、いかれる。また、ずっと独りであの方を待って。
待って、待ち続けて。そしていつか、また僕は、狂っ…… え?)
――― いつか? 何?
「守る?おぬしが?……シュラ様を?」
「……はい」
それは。笑い飛ばされても不思議ではない理由。女性体にならぬ理由。生きていく理由。
(力の差でいけば、蟻が象を守ると言っているようなもの。そんなことは分かってる。嫌になるほど、分かってる。でも。守りたい。
今度こそ守りたい。もっと、強くなって。もっと、賢くなって。
今度こそ、けして傷つけないように。もう二度とあの方を泣かせたりしないように、……あれ?)
――― シュラ様が泣いたことなんて、あったっけ?
何やら己の心と自問自答しているらしき子狐を、長老は面白そうに見やる。
(なるほど。本当に不思議な相をしておる。これはよくよく確かめる必要があるのう)
「クズノハ」
「はい」
「気に入った。ワシの弟子となれ」
「え?」
◇◆◇
「おじーちゃんが弟子を取るなんて、何百年ぶりよ!」
「そ、そう、なんだ」
「後は大人だけでって、私達は早々に追い出されたけど、会議の後で稽古つけてもらうんでしょ?」
「うん。そう言われてる」
楽しみだ。と、瞳をきらめかせる美少年に、ほぅとジルは複数の意味を持つ溜息をつく。
――― 良かった。
例の集団見合いの一件のせいで、この子の存在が他の一族の幾つかにばれてしまって。
妙な攻撃や、やっかみがこの子に行ったらどうしよう、ってずっと、心配してたけど。
――― 本当に、良かった。
これで名実共に、この子も狐一族の一員。しかも長老の弟子。
シュラ様不在の際でも、そうそう手出しをするバカは出ないわね。
いざとなれば、こちらに住居を移してやれば、より安全だし。そうすれば、ずっと一緒に。
「ジル」
「……っ! な、なあにクズノハ?」
少しだけ斜め上の方向に、その思考を飛ばしかけていたジル狐は。
今日は本当にありがとう!と、爽やか過ぎる笑顔で礼を言う幼い友人の超絶な可愛らしさに。
狐らしくも無く、その顔を真っ赤に染めて絶句した。