悪魔の寝室に、何度目かの静寂が落ちて少しの後。
カタリ、と小さな、小さな音がして。
何よりも大切なものを腕に抱く守護者は、青い瞳をそっと開き。
バサと翼を広げて、主の姿を覆い、隠し、守る。
気配を出さぬようにうかがうと、ほんの少し開いた扉の隙間にフワリと揺れる白い毛並み。
「…ん? どう、した?」
「何でも、ございませんよ」
(どこかの小さな獣が、寝ぼけて部屋を間違えただけ、でしょう)
「そ、うか?」
「ええ。それより、もう少しお休みなされませ」
お疲れになったでしょう。と、落とす口付けは瞼の上。
くすぐったいよ、と笑って、それでも意図通りにその宝玉を閉じる主に、天使は安堵の溜息をそっと落とす。
「心より、愛しております。……シュラ、様」
「ああ。俺も………アイシテルよ、ウリエル」
(!)
ヒュッと何かを飲み込んだような小さな誰かの息の音を、耳元への愛撫で。
パタンと閉じる微かな扉の音を、バサリと自らの翼の音で、さりげなく隠蔽して。
再び始まった寝息に安堵しながら。
やはりこの方は籠だと、ウリエルは思う。
この方自身が、崇拝者を捕らえて閉じこめて二度と放さぬ罠であり、籠。
いつでも好きに出て行くがいいと、優しく微笑む、扉を開けたままの残酷な鳥籠。
(けれど、自分では餌を取れぬ小鳥が、外に出ても飢えて死ぬだけのように、もう私は)
――― 貴方の傍でしか、生きられない。
もうそれは、私だけではなく、貴方に心奪われた他の数多の力ある者達、全てが。
そして。
おそらくはあの白い。
いや、黒くて白い、人という矛盾した美しいカタチを具現化したようなあの、幼い魔物も。
きっと。私と同じ。
一瞬、硬く瞑った青い瞳を開けて。
すぅ、と柔らかな甘い吐息を落とした主を、見つめる。
「シュラ、様」
混沌の王。ルシファーの愛し子。悪魔の中の悪魔。
象牙の肌の内に通う赤い潮。制御しきれぬほどの魔力。残酷なほどの優しさ。
その何もかもに執着し拘泥し、けして放すまいとするかのようにまとわりつく黒い紋様。
「おそらくは」
おそらくはこの方の本質もまた。
この黒く美しい籠の中に閉じ込められているのだ。
闇の王にか、光の主にか。
もしくは、それ以上の、存在に。
「では。この籠から、出して差し上げれば」
貴方はどのようなカタチで、飛んでいかれるのでしょうね。我が神。
でも、きっと、その頃には。
「私の飛翔では、貴方には追いつかない、のでしょうね」
それでも。
どこまでも、ついておいでと。おっしゃってくださった。その。
「御言葉のとおりに」