契約 01






Yes.My load.と
柔らかく響いたその音は、
瑕を持たぬ悪魔召喚師の心に
深い、二度と消えぬ印を刻み付けた。







客人を野宿させるわけにもゆくまい。

そう呟いて銀楼閣の前で、深い溜息をついた平行世界のもう一人の自分は。
・・・家賃を滞納して家主に締め出しをくらっている、らしい。

――― もちろん、滞納したのは平行世界の鳴海である。

あちらの鳴海もあれだが、こちらはもっとあれらしいな、と、心の中で溜息をつきながらも。
いや、いきなり押しかけた自分達にそう、気遣わなくとも、と。
どこかに宿を準備してくれるつもりか、と焦ったライドウとゴウトが返すより早く。
雷堂は仕方が無い、と、トントン、と開かぬはずの扉を叩く。

開けろ(・・・)。J u l i。居るんだろう、そこに(・・・)

「???」
閉め出されたからには、誰も応えるはずが、と怪訝に思うライドウ達が見守る中で。
だが、その扉は、内側からキィと音を立てて、開き。

「お帰りなさいませ。ご主人様」
扉の向こうには、そう言って、にっこりと笑いながら、深く頭を下げる美しい少女が居た。



◇◆◇



「久しぶりにお喚びくださいましたね。ご主人様」

嬉しげにそう言う、黒い服に身を包み、白いエプロンを付けた、灰色の瞳の少女は。
驚いて口もきけないライドウとゴウト。どこか諦めたような業斗と雷堂が四辺を囲んで座る卓に、
既に準備された茶菓子と共に、薫り高い茶を供しながら、瑕のある方の彼に優しく微笑みかけ。
その呼び方はやめてくれ、と、顔を赤くする雷堂を見て、更にその笑みを深くした。

「では、以前のように、雷堂ぼっちゃま、とお呼び致しましょうか。それとも、旦那様と」

・・・どちらも、好かぬ、と赤い顔のまま眉を寄せる"旦那様"に。
我侭な御方、と少し眉をそびやかして、甘い溜息を付き。

「呼び捨てでいい、と、何度言えば分かる!」
と、更に旦那様が赤くなった様子を見て、
そういうわけにも参りません、旦那様、と楽しげにその少女は答えを返す。

『・・・』
「雷堂、こちらの方は」
「あ、ああ、こいつは」
「申し遅れました、お客様。私は、この方にお仕えさせていただいているメイドでございます」
とある事情がございまして、雷堂様の召使として、働かせていただいております。

深く頭を下げ、非の打ち所も無いような、流暢な挨拶を述べる彼女がその身を包むのは、
主人の衣裳と合わせたような漆黒のワンピース。
膝下までを清楚に覆うそのやや長めの裾には品の良いレースが飾られ。
ショートブーツ、とでも言うのか。黒い編み上げ靴が、動くたびにコツリと可愛い音を立てる。

どこかで見たような、・・・ああ、ヴィクトルの、と思い出し。
最近、流行なのだろうか。カフェでも見たか。・・・そういえば、陸軍の仕官クラブで、 このような衣裳を採用したと小耳に挟んだようなと、 その優秀な頭のどこかでライドウは思いながら、少女を見る。

上からまとった、エプロンと称していいのか、これまた品良いレースで縁取られたソレは 機能性と共に、その少女の可憐さを増しているように、見える。髪を結い上げて、 黒い髪飾り(ヘッドドレス)で押さえているのが、これまた清楚であり、かつ、妖艶とも。

ニャア、と。
どこか呆然と、初対面の女性を凝視するライドウの不躾さをゴウトが嗜める。
その声に、は、と、我に返り。

「すみません。お世話をかけます。・・・お名前をお聞きしても」
「・・・雷堂様のお許しがあれば」
その答えを受けて、同じ顔を持つ男を見れば。どこか憮然とした風に、構わん、と返す。

「どの名を?旦那様」
「・・・お前に任せる」

どこか不可思議なやりとりを交わした後に、彼女はライドウの方へと向きなおる。

「では、・・・ユリと申します」
「ゆり・・・花の?」
「それは、私には分かりかねます」

くす、と、困ったように小さく微笑んだ彼女が。
それより、お茶のお代わりはいかがでしょうか、と言う声を聞きながら。
ライドウは、その瞳の、灰色とも銀色とも判断の付かぬ光に、再び、我知らず見蕩れた。




「では、この方は別の時空の貴方様なのですね」
それで、こんなにもよく似ておられるのですか。お顔だけでなく、こちらまでも。

夕餉時となり。
食事の支度を整えながら、好みの味付けやデザートの種類を確かめる彼女が、 全く同じ傾向を持つ二人を見比べて、楽しそうに笑う。

同じ顔の主達には温かい夕食を。控える黒猫達には魚を主体とした適度に冷ました食餌を。
てきぱきと、甲斐甲斐しく主人達の世話を焼くユリは、お前も一緒に食卓につけ、と勧める雷堂に
控えめに頭を振って、それを拒む。

「あくまで、私はメイドですので。雷堂様」と微笑む彼女の瞳は、何故か違う色に染まって見えた。




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Juli=ドイツ語でユーリ(7月、の意)

以下の後書きは反転です。

黒執事とベヨネッタの欠片とマニクロとメイド喫茶を混ぜるとこんなことに

・・・何故混ぜた・・・