契約 02



『しかし、驚いたな。別時空とは言え、こちらのお前にあのような』

通された客用の部屋で、寛ぎながら。
どこか揶揄したように落ちるゴウトの声に、ライドウは不快気に眉を寄せてみせる。

『はじめは上級の使い魔かと思うたが』
「僕も、そう思った。だが」
『うむ。魔の気配の欠片も感じられなかったな』
我とお前が気配を感じ取れぬ魔など、この帝都に居るわけが無い、と黒猫は呟く。

聞けば、件の家主の親戚なのだと言う。
嫁入り前の娘が、信頼できる家に嫁入り修行として奉公するのは、この時代、よくあること。
その家主の元で、銀楼閣でのお手伝い、として暮らしていた彼女が、雷堂に"再会"したの、だと。

『幼馴染と言っていたか』
「彼女が幼い頃、魔物に襲われそうになったところを、雷堂に助けてもらった、と」
『鳴海には閉め出しを喰らわしても、命の恩人とその客人にそのような扱いを!と、頼んでくれたというところか』
「・・・申し訳ない、ことをした」

あの真っ直ぐな瞳をした、もう一人の自分は、彼女を己の都合で使うことを忌んでいると見えた。
恐らく、このような状況でも無ければ、彼はきっと文句も言わずに野宿していたのだろう、と。
そう、思うライドウに、ゴウトは明るく言葉をかける。

『そうとも限らんぞ。気に病むな。案外、逢瀬の手引きをしてやったのかもしれん』
「・・・逢瀬」
『こちらのお前は、お前以上に、朴念仁と見えるからな』

客人用の寝具を整えた後に、彼女は雷堂に呼ばれて、共に屋上へと向かった。
呼ばれたその声に、「はい。ご主人様」と。心の底から、嬉しそうに笑顔を零して。

あれから、半刻。未だ彼らが降りてきた気配は、無い。

仲良きことは、美しきかな、しかし、自分の部屋にも入れられぬ朴念仁とは、と。
何かを含めたように、忍び笑うゴウトを見ながら。

詳しい事情は分からないが。
つまりは、”そういうこと”、か、と。

どこか、苦い思いが走る己の心が、不可解で。
再び、眉を寄せたライドウは、凄まじい魔力が頭上から起こるのを、感知した。





◇◆◇






『何だ、この大量の魔の気配は!』
「屋上か!」

急いで、駆けつけたライドウ達が見たものは。

複数の悪魔と、黒衣の召喚師、そしてその召喚魔が交戦している、どこかでよく見る光景。
既に数体は、雷堂に斃されたのか、刀傷を受けた悪魔の死体が転がっている。

だが、普段と異なる分子は。

「雷堂様!あぶな」
「馬鹿ッ!・・・出るな!ユリ!」
背後を狙われた雷堂を庇い、悪魔の爪にその白い喉を裂かれようとしている、少女の姿。

『ライドウ!』
「・・・くっ!だめかっ!!」

人の動きでは間に合わないと見たライドウが速さに優れた仲魔を召喚する暇も無く。
少女は悪魔に切り裂かれた、と、ライドウとゴウトは、思った。








が。

だが、その悪魔は。
その少女に触れることも叶わず。
一瞬で。

蒸発、した。



――― その少女の赤い瞳に灼かれて。



◇◆◇




「愚か者が」
肉片も残らぬ跡を赤い瞳で見やりながら、少女の美しい唇が、傲慢な言の葉を落とす。

「我が主を滅せば、我が身が得られるとでも、思うたか」
私が、この主に仕えているのは、その魔力のみに由るものでは無いというのに。

残酷で柔らかな笑みが、残りの悪魔たちに向けられる。
先ほどの一体が髪飾りをかすめたのだろうか。それとも他の誰かの手が、既に外していた、のか。
風になびく、長い髪をサラ、とかきあげた掌が高密度の魔力を集めるのが、夜目にも分かる。

その掌が、白磁の頬が、黒い紋様と美しい緑の光を浮かべたように思ったのは、気の、せいか。

気付けば。残りの悪魔は全て、彼女が放った光に包まれて、消去させられて、いた。




『一体、何だ! ・・・これは』
「ライドウ、ゴウト、来て、いたのか」

戸惑ったような雷堂の声。
その声を受けて、少女の容をした"何か"も、またライドウ達を見やる。

赤い、赤い瞳。
沸き立つような、果ても無いほどの魔力を、天上の月のように煌々と光らせて、それはそこに在る。

「・・・っ」

――― これは、魔だ。
人の管になど入るはずもない、貴族級、いや、それ以上。それも分霊ですら、無い。
おそらくは、最上級の。

『雷堂!お主、魔に魅入られておったか!』
ゴウトの叫びと共に、再び相手を変えた、臨戦態勢に入ったライドウの身体はしかし。

「御鎮まりを。お客人」
その魔の一言で、束縛される。

だが、それでもなお、動こうとするライドウに、不機嫌そうな視線が向けられる。
「御鎮まりを、と申し上げましたが」
――― 聞いていただけないようですね。

苛立たしげな言の葉と共に、周囲の背筋が凍りそうなほど強い魔力が少女の元に収束した。




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後書きは反転です。

黒髪をなびかせて悪魔を瞬殺する彼女が書きたかった、らしい

・・・らしい?