契約 03



「よく、覚えていないのだ」
我が、幼かった頃に、確かに、アレと契約を交わした、らしいのだが。

ただ。

「交わした内容を、よく、覚えていない、と?」
「ああ。おそらくは、その方が、都合がいいのだろう」
「あの悪魔にとって、ですか?」
「いや、多分、だが」
我にとって、だと、思う。

そう言って、ライドウと同じ顔を持つ男は、困ったような顔で、笑った。




あの後、凍るような瞳でライドウ達を見据え、
その白い細い指先を、動けぬ彼に触れさせようとしたユリに、雷堂は必死に叫んだ。

「やめろ、J u l i ! そいつに触れるな!!・・・こっちに来い!!」と。

それが本当の名か、と思うライドウの目の前で、彼女は主人の指示に素直に従ったのだ。

「・・・Yes.My load.・・・貴方のご命令なら」
主人の元にふわりと寄り添い。その傷ついた手の甲に口付けて、傷を癒しながら。




「アレは、本当の意味で、我の為にならぬことは、せぬ」
「・・・」
『信用、できるのか』
『・・・できる、としか言いようが無い』

黙していた業斗が搾り出すように告げる。
信用できない、としても、あの魔の意志に逆らえるモノなど人界に居らぬ、と。

「アレはいつも我の傍に居る。だが、アレに頼っては優れた悪魔召喚師になどなれぬ」
だから、こういう不慮の事態でも無ければ、喚ばぬようにしているのだと。
ぶっきらぼうに言いながらも、彼の手がそっと、なぞるのは、彼女が口付けた手の甲。

だから、なのか。
しばらくして彼が言った言葉は、むしろ甘さを、周囲に感じさせた。

「・・・いつか、我の命と魂がこの肉体を離れるときに、我はアレのものになる、らしい」
「!」
『悪魔に売り渡した、ということか』
「わからん。・・・言っただろう。覚えていないのだ。と」

だが。
「我が、アレの望まぬような無様な死に様を晒すのは、けして許さぬと、アレが」

(私に庇って欲しくないと言うなら、貴方が強くおなりになってくださいな。雷堂ぼっちゃま)
――― 漠たる死に安らぎはありませんから。

つまり。
『死後については、何とも言えぬが。現世においては、アレと我らの利害は一致している』

彼が強くなること。納得の行く人生を送ること。
彼が、人として、この世で、幸せに、なる、こと。

『解除できる可能性がある契約なら、それを模索するのも手、なのだが』
続かぬ業斗の台詞は、予想できる。

この真っ直ぐな男は、契約を解除しようとは欠片も思っていないのだろうと。
あの魔を収束させたような少女が望むなら、その身も魂も捧げてやりたいのだろうと。

それは、恩義、と言うには、甘く。恋情、と言うには、重く。

強いて言うなら、「覚悟」かと。
今日会ったばかりの己達が何を言うこともできぬのを理解する男達は、黙り込む。

「・・・アレには、二度とお前に接触するなと、言っておいた」
気遣いに気付いたのか、美しい瑕を歪ませて雷堂は笑って、言う。

「そんな顔をしてくれるな。・・・すまぬな」
「・・・いや」
そんな顔とは、どのような顔なのだろうと、ライドウは思い。

きっと、目の前の彼と同じ表情をしているのだろうと、ふと、思った。






その、三日後。


ライドウとゴウトは、彼の術に送られて、元の時空へと無事に戻った。






あの美しい悪魔は主人の命令どおり、二度と彼らの前に姿を現すことは、無かった。






Ende


←back

種々雑多部屋top




予定しているある一つのエンディングから継続した未来、のような。
本筋が出来上がった後に、もう少し詳しく書いてあげたいです。この時空のこの二人+一人。

おまけの「二人の会話」と、「彼の独白」は、
ライ修羅陣営&切なくてもオッケーな方だけどうぞ。