「ひっさしぶりー!元気だったか!!」
築土町の路地。突然に私の肩を叩いて、話しかける朗らかな少年の、声。
「わっ、す、すみません!!」
振り返った私の顔を見て。
人違い、でした、と慌てて頭を下げるその髪は短い黒。どこかで見たような髪形の。
いいえ、気にしないでくださいと言う私の言葉を受け取らず、
お詫びにお茶でも、と半ば強引に手を引っ張る少年の手。それはまだ何の模様も無い。
「へえ、探偵をしてらっしゃるんだ」
「え。俺、ですか。家業の手伝いです」
「ああ、今日はホントすみませんでした。でも貴方みたいな人に会えて良かった」
私もですよ。と微笑むと彼は少しだけ頬を赤くした。
――― またか、と。何かがきしむ音がした。キリキリと。
数日後。銀座の街路。また会いましたね!と彼は笑った。どこかの嘘つきのような表情で。
誘われて入ったカフェ。堅苦しいのは苦手なので、名に敬称など付けないでくれと私は告げる。
「そ、そんな。呼び捨てなんて、貴方みたいな、方に」
「そう、ですか。…え、敬語も、いやなんですか。…分かりました」
じゃあ、これから俺、お前のことライドウと呼ぶよ、と。
ほっそりとした十七、八ぐらいだろうか。短い黒い髪の少年はそう言って笑った。
どこかで見たような、灰色の瞳を細めて。
「今、おいくつなんですか。…え?ええ?!嘘でしょう?!」
「あ。すいません。敬語はお嫌だった…んだよね」
「でも、ホントそんな年に見えない。俺より2つか3つ上かなって思ってた」
信じられない、と呟くその表情と声に珍しく偽りは感じられない。
私はもう年を取らなくなったのだと、言えば君は驚くだろうか。それとも喜ぶだろうか。
…本当の彼なら、悲しむのだろうけれど。
――― また。何かがきしむ音がした。キリキリと。
やがて。
偶然のように会い、芝居のような笑顔と会話を交わすことが両手に余らぬ内に彼は見る。
濡れたような瞳で私を見る。
「ね。ライドウ。俺」
「俺、お前のこと」
好きなんだ、と私に抱きついて、私の唇の上で、その少年は言う。
俺のこと、嫌じゃないならお前の家に連れて行ってと。
そのすがる腕は人のもの。碧も黒も模様は見えぬ。
その潤む瞳は銀の色。金にも紅にも変わりはしない。
分かったと、溜息混じりに私が告げるとそれは満足そうに笑った。
罠にかかった獲物を見るようなそんな瞳で、笑った。