シセイ 02



想定外、だったのだろうと思う。
当然だ。私が彼より長く生きるとは。彼が私より先に消えるとは、悪魔ですら思うまい。

(せめて、魂だけでも残ってくれて、いたら)
欠片でもいい。思念でもいい。悪魔でも幽霊でも怨霊でも、居て、くれれば。
彼の残した言霊は私を縛り続けたのだろうか。彼のことを全て忘れろという残酷な命令は。

ずっと。
ずっと、忘れていた。
自分の内を埋める大量の情報の不在に、悶え苦しみながら。
不老の虚ろな器を与えた、残酷なその何かを怨みながら、憎みながら、生きていたのに。


「ライドウ?」
「どう、したの?」


夜具の上、止まった愛撫に怪訝そうにその少年は首を傾げる。彼の癖そのままに。
一体どこからその情報を得たのかと、キリキリと音がする。私の内から。


「ああ、もっと」
「もっと、突いて、ねぇっ」

よく訓練のされているカラダ。ふと、彼らはどこから連れてこられるのだろうと、思う。
もうそろそろ、無駄だと分かっているだろうに。愚かな、と、嗤う自分も愚かだと、哂う。


「ああ、スキ。スキ、だよ」
「アイしてるよ、ライドウ」


そのスキは隙か、そのアイは哀か。大切なのは音。そう言ったのは彼。
彼は、愛の言葉を安売りしたりはしなかったのに、と言いたいのを、耐える。

――― 私に彼を忘れさせるあの時にしか、その言葉をくれなかった、と叫びたいのを耐える。


「喉かわいたろ。珈琲でも淹れようか?」
「俺、結構うまいんだぜ、こういうの」


その言に嘘は無く、彼を思い出させる美しく透き通った黒い液体は、快く私の喉を通る。
その色と薫で誤魔化された何かもまた、私の内へ入り。私はうとうとと船を漕ぐ。

「疲れたの?ライドウ」
「ネてていいよ。俺もネるから」

その“ネる”は、きっと“練る”か。
そう思いながら、私は優しく微笑む彼の言うままにゆっくりと両目を閉じた。





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