想定外、だったのだろうと思う。
当然だ。私が彼より長く生きるとは。彼が私より先に消えるとは、悪魔ですら思うまい。
(せめて、魂だけでも残ってくれて、いたら)
欠片でもいい。思念でもいい。悪魔でも幽霊でも怨霊でも、居て、くれれば。
彼の残した言霊は私を縛り続けたのだろうか。彼のことを全て忘れろという残酷な命令は。
ずっと。
ずっと、忘れていた。
自分の内を埋める大量の情報の不在に、悶え苦しみながら。
不老の虚ろな器を与えた、残酷なその何かを怨みながら、憎みながら、生きていたのに。
「ライドウ?」
「どう、したの?」
夜具の上、止まった愛撫に怪訝そうにその少年は首を傾げる。彼の癖そのままに。
一体どこからその情報を得たのかと、キリキリと音がする。私の内から。
「ああ、もっと」
「もっと、突いて、ねぇっ」
よく訓練のされているカラダ。ふと、彼らはどこから連れてこられるのだろうと、思う。
もうそろそろ、無駄だと分かっているだろうに。愚かな、と、嗤う自分も愚かだと、哂う。
「ああ、スキ。スキ、だよ」
「アイしてるよ、ライドウ」
そのスキは隙か、そのアイは哀か。大切なのは音。そう言ったのは彼。
彼は、愛の言葉を安売りしたりはしなかったのに、と言いたいのを、耐える。
――― 私に彼を忘れさせるあの時にしか、その言葉をくれなかった、と叫びたいのを耐える。
「喉かわいたろ。珈琲でも淹れようか?」
「俺、結構うまいんだぜ、こういうの」
その言に嘘は無く、彼を思い出させる美しく透き通った黒い液体は、快く私の喉を通る。
その色と薫で誤魔化された何かもまた、私の内へ入り。私はうとうとと船を漕ぐ。
「疲れたの?ライドウ」
「ネてていいよ。俺もネるから」
その“ネる”は、きっと“練る”か。
そう思いながら、私は優しく微笑む彼の言うままにゆっくりと両目を閉じた。