シセイ 03



「綺麗な、男」

すぅ、と寝息を立てて眠る、ライドウという男。コイツが俺の今の標的。

「“東の島国には神が住む。神が守るかの国には誰も手が出せぬ”、か」

《帝都を守るその美しい神を陥落して、情報を奪って来い》
俺の飼い主からの依頼は、魅力的だった。その報酬も、その対象の神も。

(くれぐれも油断はするなよ)
(俺の手練手管を知ってて言ってんの?)

ほら。簡単じゃないか。
コイツの家に入るのも、コイツを眠らせて家の中を探索するのも、こんなに簡単。
また、すぅ、と聞こえる寝息すら綺麗なその音を聞きながら、俺は周りを見回す。

「しっかし、簡素な家だなー、ホントにコイツが帝都の守護神?やっぱガセじゃねーの?」

たしかに。異様に綺麗、だけどさ。男に笑いかけられて鳥肌立ったなんて初めてだ。
抱かれて、あんなに感じたのも初めて。なんて、俺の飼い主には死んでもいえないけど。
というかそんなこと言ったら即、撃ち殺される。

(不老不死?なにそれ。バケモンなの?)
(不死かどうかは分からないが、不老は間違いなさそうだ)

証拠だ、と言われて見せられたのはかなり昔のものらしい写真。確かに寸分違わぬ容貌。

(兄、とか。父とかそういうんじゃないの?)
(その可能性もあるが。とにかく、あの男が居る限りあの国に手出しができん)

武器製造と販売のルートはもうできているのに、と。
早く戦争を起こさないと大損だ、と、人の皮を被った悪魔は憎々しげに呟く。

(その身ひとつで国を守ってる、って、そんなご大層な相手に、何をどうすりゃいいの?)
(なんでもいい。弱みを探ってこい)

(不老不死のバケモンの弱み?)
(実は、ひとつだけは分かっている。だからお前を選んだ)


「…短い黒い髪、灰色の瞳の16,7ぐらいの少年が、弱み、ねぇ」

俺の半分は日本人。もう半分は違う国の人間。その証拠の灰色の瞳が役立つとはね。
捨て子だった俺を拾って、育てて、仕込んだのが俺の飼い主。

(昔の恋人とか親友とか、そういうのなのかな)
(詳細は不明だが。近づきやすいのは確かだ。あと、おそらくだが、当の本人は)

――― 死んだ、か」

国を守る神の愛した少年。それだけ力のあるモノでもそいつの命は救えなかったんだな。
そうだよな。生きてりゃ、話は早い。そいつ掻っ攫って、化け物に言うこときかせりゃそれでいい。
人身売買どころか、それを切りさばいて臓器売買までやらかす奴等が、こんな回りくどい手しか使わないなんて。 どんだけ怖がってるんだか。こんな、綺麗な、生き物を。

「ああ。でも雑念は抜き抜き…調査調査っと、あ。ココ。それっぽい」

邸内をうろつき、一番立派そうな扉を開くと、広い、書棚がいくつも並ぶ部屋。書庫。

「大体、こういう部屋には、さぁ」
一番奥まったところにある書棚から、数冊を引き抜いてみる。

「ふふ。ビンゴ」
本の後ろに、隠し扉の取っ手。掴んで引っ張ると、レールと車輪でも設置してあるのか、頻繁に使っているのか、秘密の扉は予想以上にスムーズに開く。

開いた向こうには、陽光に慣れた目には漆黒の闇。
数秒、目を閉じる。大丈夫。俺は闇の生き物。怖くなんて、ない。

「まだ小一時間はクスリ効いてるよな。ちょっとお邪魔するよー」



そう呟いた少年が闇へと足を踏み入れて。やがて、閉じた扉のギシリという音が、消えた頃。

ようこそ。歓迎するよ、と誰かが小さく答えを返した。





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