「綺麗な、男」
すぅ、と寝息を立てて眠る、ライドウという男。コイツが俺の今の標的。
「“東の島国には神が住む。神が守るかの国には誰も手が出せぬ”、か」
《帝都を守るその美しい神を陥落して、情報を奪って来い》
俺の飼い主からの依頼は、魅力的だった。その報酬も、その対象の神も。
(くれぐれも油断はするなよ)
(俺の手練手管を知ってて言ってんの?)
ほら。簡単じゃないか。
コイツの家に入るのも、コイツを眠らせて家の中を探索するのも、こんなに簡単。
また、すぅ、と聞こえる寝息すら綺麗なその音を聞きながら、俺は周りを見回す。
「しっかし、簡素な家だなー、ホントにコイツが帝都の守護神?やっぱガセじゃねーの?」
たしかに。異様に綺麗、だけどさ。男に笑いかけられて鳥肌立ったなんて初めてだ。
抱かれて、あんなに感じたのも初めて。なんて、俺の飼い主には死んでもいえないけど。
というかそんなこと言ったら即、撃ち殺される。
(不老不死?なにそれ。バケモンなの?)
(不死かどうかは分からないが、不老は間違いなさそうだ)
証拠だ、と言われて見せられたのはかなり昔のものらしい写真。確かに寸分違わぬ容貌。
(兄、とか。父とかそういうんじゃないの?)
(その可能性もあるが。とにかく、あの男が居る限りあの国に手出しができん)
武器製造と販売のルートはもうできているのに、と。
早く戦争を起こさないと大損だ、と、人の皮を被った悪魔は憎々しげに呟く。
(その身ひとつで国を守ってる、って、そんなご大層な相手に、何をどうすりゃいいの?)
(なんでもいい。弱みを探ってこい)
(不老不死のバケモンの弱み?)
(実は、ひとつだけは分かっている。だからお前を選んだ)
「…短い黒い髪、灰色の瞳の16,7ぐらいの少年が、弱み、ねぇ」
俺の半分は日本人。もう半分は違う国の人間。その証拠の灰色の瞳が役立つとはね。
捨て子だった俺を拾って、育てて、仕込んだのが俺の飼い主。
(昔の恋人とか親友とか、そういうのなのかな)
(詳細は不明だが。近づきやすいのは確かだ。あと、おそらくだが、当の本人は)
「――― 死んだ、か」
国を守る神の愛した少年。それだけ力のあるモノでもそいつの命は救えなかったんだな。
そうだよな。生きてりゃ、話は早い。そいつ掻っ攫って、化け物に言うこときかせりゃそれでいい。
人身売買どころか、それを切りさばいて臓器売買までやらかす奴等が、こんな回りくどい手しか使わないなんて。
どんだけ怖がってるんだか。こんな、綺麗な、生き物を。
「ああ。でも雑念は抜き抜き…調査調査っと、あ。ココ。それっぽい」
邸内をうろつき、一番立派そうな扉を開くと、広い、書棚がいくつも並ぶ部屋。書庫。
「大体、こういう部屋には、さぁ」
一番奥まったところにある書棚から、数冊を引き抜いてみる。
「ふふ。ビンゴ」
本の後ろに、隠し扉の取っ手。掴んで引っ張ると、レールと車輪でも設置してあるのか、頻繁に使っているのか、秘密の扉は予想以上にスムーズに開く。
開いた向こうには、陽光に慣れた目には漆黒の闇。
数秒、目を閉じる。大丈夫。俺は闇の生き物。怖くなんて、ない。
「まだ小一時間はクスリ効いてるよな。ちょっとお邪魔するよー」
そう呟いた少年が闇へと足を踏み入れて。やがて、閉じた扉のギシリという音が、消えた頃。
ようこそ。歓迎するよ、と誰かが小さく答えを返した。