シセイ 04



記憶が戻ったあの瞬間。
あれは、確かアカラナ回廊だったろうか。
帝都でなくて、不幸中の幸いだったとはあれから何年も経つ今だから思えること。


激流のように流れ込んでくる記憶の渦。彼を愛した記憶。愛された記憶。何よりも大切だった想い。
苦しくて悲しくて愛しくて、ただ。

叫んだ。
叫んで叫んで叫んで。
過去の傷に叫び、今の傷に叫び、未来の傷に叫び。
聞いたことが無いほどに悲痛な音が、自分の喉からやっと、途絶えたのを知覚したとき。
私の必要以上に動く頭はもう、理解していた。

彼が、消えたのだ―――

何があったかなど、分かるはずも無い。でも、何もかもが、消えたのだ。
魂さえ残っていれば、言霊使いが強ければその命に縛られ続けると言ったのはゴウト。
彼は最強の言霊使い。最凶の最悪の悪魔。なのに。なぜ、消えた。なぜ、居ない。もう居ない。
なぜ。なぜなぜなぜなぜなぜなぜ!

血を吐いても叫びを止めぬ、煩い心臓を肉の上から握り締め。
もう片方の震える手で、胸から最強の管を選んで、硬く握り、操って。
普段よりもかなり長い召喚時間を経た後に、魔王の端末は現れた。

失敗したよ、と、3対の白い翼を持つ生き物は言った。初めて聞くような声で。そう言った。
また、アレが乳海より出ずるまでおあずけだと。アチラも同じことだから痛みわけだがねと。

ただ、声も無く震えることしかできない私を哀れむように、羨むように、妬むように見て。
やっぱり君が居ないと、ダメだったようだね、と。かつて無いほどに苦く笑うソレを見ながら。
ああ、コレもまた泣きたくとも泣けない生き物だったかと、私の頭のどこかが思った。




◇◆◇





「ライドウ、ライドウ。起きて」


起きているよ。ずっと。私には人のクスリなど効かない。
眠ってなど、いない。私にもう眠りは必要ない。癒しも休息も私には存在しない。


「よく、寝てたな。…疲れてたのか」


疲れているのは、君のほうだろう。
見てきたのだろう。書棚の奥。秘密の扉を開けて、私の部屋の中を。私の彼を。


「え。俺の顔色が、悪い、って?…や、いや。気のせいじゃないか」


それよりさ、もう一度、と。私の唇に合わされるそれは、とても冷たくて、微かに震えて、いて。
ああ、まるで“彼”のようだと、私はつかの間の夢を求めて。視界の情報を遮った。






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