シセイ 14




心配しないで

死をしそんじた者は今までに一人もいない

千年も生きて流浪する

そんなおそろしい罰を受けた者も一人もいない






「また、死んだのかい」
小さな墓の前で、優しい素朴な花を手向ける私にかけられる、声。

「あの時の、少年だろう。私を見て目を丸くしていた」
「ああ」

「可愛かったのにね。“どこかの誰か”に、少し、似て」
「……ああ」

「絵は、どこまで描けた?」
「半分ほど」

「ほう。よく頑張ったものだ。さぞや」
苦しかったろうに、と。心にも無い台詞を落とすそれから視界を遮るために。
私は瞳を閉じる。




◇◆◇



候補者の選別はこうだ。と。
工業製品について語るかのように、淡々とその説明は為された。

「マロガレを入れた時点で、まずほとんどは死ぬ。その痛みに耐えられずに」

「マロガレは第一段階だ。ワダツミ、アンク、イヨマンテ、シラヌイ……。
適合しなければその時点で拒否反応を起こして斃れる」

「だから。シュラほどやすやすとマガタマを御せた生き物は、居なかったのだよ」
惜しいことをした、と深く吐く息には、さすがに苦い色がこもっているように見える。

「ソフィアを取り入れたときの、エノクの反応を覚えているかい」

(エノク。イーノックとも呼ばれる男。天上へと昇り、確か)

「そう。メタトロン。跪いていただろう。シュラに」
light最高位のアレに適合したということは、真のソフィアたる資格があるということだからね。

「真のソフィア?」
「ふ。今の君にはまだよく分からないだろう。記憶を取り戻したばかりの君には、ね」

痛烈な揶揄。そう。僕は何も知らない。知ったつもりで居て、彼のことを何も知らない。
彼が知られたくないと、そう、彼が願っていると思っていたから、ずっと、何も。
けれど。これからは。

――― これからは?




◇◆◇



「彼もこれまでと、同じかい?」
「ああ」

「君の役に立ちたいと、……いや、違うな」
“君の彼”になりたいと、自らマガタマを飲み込んだか。

「私は、君は違う、と言った」
君は、“彼”ではない。だから、命を粗末にするな、と。言った。言ったのに、皆。

「そうか」
残酷なことを言ったねぇ、と鋭く柔らかい断罪の刃を飛ばしておいて。
ああ、そうだ、と地獄の王は思い出したように言葉を続ける。


『星の王子さま』、だったっけねぇ。

狐が言うのだよ。

「あんたが あんたの一本のばらの花を
とても大切におもっているのはね
そのばらの花のために時間を無駄にしたからだよ」

とね。

ねえ。ライドウ。君にとって。君のためにマガタマを飲み込んだ少年たちは。ばらの花だったかい?それとも。

――― それとも?

その続きの言葉を言わぬまま、じゃあまた、と。いつものようにソレは姿を消した。





(ライドウ)
(なに?)

(ライドウ。狂って、ない?)
(そう、見えるかい)

(そう、見える)
(ならば、狂っているのだろうね)

私の彼になりたくて、なろうとしてマガタマを飲み込んで、
その苦悶のうち、全身に文様が及ばぬうちに、
苦しみもがいて絶命する君たちを見届け、見続け、見送っているうちに。

いいや。違う。
あの愛しい悪魔を失ってから、私は、きっと。

きっとずっと狂っている。

(ふふ)
(なに?)

(ね。ライドウって、本当に“悪魔”、だよね)
(!)


そんな言葉を最期に残して、カクリと生命機能を失った、寂しい少年の墓の前で。
喪失の痛みに狂い続ける、死ねない男は、伝えられなかった最後の言葉を囁いた。



「 最 高 の 褒 め 言 葉 を あ り が と う 」



Ende



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冒頭の詩は 茨木のり子 「四行詩」