「君は逃がしてあげるから」
心配いらないよ、と俺の拘束をはずしながら、ライドウは微笑む。
自分が他人にやりたいことを、他人に自分がやられて泣き叫ぶ、身勝手な醜い奴等の前で。
「お前、知ってて」
ああ、それはもちろん、とライドウは微笑む。
だってね、と困ったように笑う。
「君で、もう二十人目だ。私の秘密を探りにやってきた“黒髪の少年”は」
「なっ!じゃあ、俺は最初から捨て駒で……」
続く俺の言葉は、爪を剥がされて、ぎゃあああとわめきちらす豚の鳴き声にかき消される。
「ああ。これぐらいの拷問でやかましいことだ。他人の痛みを知らぬ下種はこれだから」
憎々しげに呟くライドウに、俺はビクリとする。
こんなに怒っているのは、初めて見る。
「彼は」
怒りが納まらぬのか、そのままライドウは何かを語り出す。
……君も知りたがっていた、“私の彼”は、ねぇ。
もっとひどい目にあっても、悲鳴ひとつあげなかった。
切り刻まれ、頭を首を肩を胸を、背後から銃で何発も撃ち抜かれても。
血を流し、苦悶と怒りの表情を魅せながらも、けして、痛いなぞ言わなかった。
「本当に苦しんでいる者は、悲鳴さえもあげられないのだよ」
そんなことも分からずに、と。ライドウの黒い怒りが向く先は豚なのかライドウ自身なのか。
やがて、ライドウの感情に喚ばれたかのように、彼の胸でホワリと輝いて何かが顕現をする。
「まだ喚んでいないが」
「お言葉だね。かほどに美しき憎悪を撒き散らしておいて」
こんな魅力的なお誘いで、出てくるなとは。相変わらず君もつれない。
そう言って、くすくす、と笑うのは。
天使。
金の髪。白い三対の翼。白い天衣を纏った、夢でしか見ないような。本物の。
(昔。神様を信じていた頃。いつか天使様が助けに来てくれないかと、思ってた。
そんなモノがこの世に居るはずないってことを、思い知るのも、すぐ、だった)
でも。居たんだ。ちゃんと居たんだ。ライドウの傍に居たんだ。俺の神の、傍に。
「天使、サマ……?」
思わず、呆然とつぶやいた俺の声に。
その天使はおやおや、と天使らしからぬ苦い笑いを落とし。ライドウは。
とてつもなく不快そうに、美しい顔の眉根を寄せた。