「大丈夫だった?」
「う、うん。声かけられたときに、ちょうど、来てくれたし」
そうか。良かった、と隣から、優しく微笑まれて、ドキリとする。
見慣れている笑顔のはずなのに、いつもより距離が近い気がして。
「ごめんね。遅くなって」
「う、ううん。あ、でも、何かあったの?」
彼には大雪も交通機関も何も、何一つその行動の妨げにもならないはずなのに。
「実はちょっと魔界で、問題勃発で」
「えええ!じゃあ、こんなことしてる場合じゃないんじゃ!……ッキャァッ!!」
「危ない!」
滑って転びかけた体を支えて抱きしめられて、また、ドキリとする。
「ふぅ。気をつけて。やっぱり普段とは“重力”が違う?」
「う。うん。『歩く』ってのも、考えたらほとんど初めてかも」
「そっか。そうだね。君はいつも飛んでいるから。俺の傍で」
あの姿も大好きだけど、こういうのも可愛いね、と激悪な笑顔にうっかりと頬が染まる。
「そ、それより。魔界で問題って」
「ああ、ほら。ジャックフロストが拗ねちゃって」
「え?」
「“ピクシーだけなんてずるいホー。ホいらも人間界でチョコレート買いたいホー”って」
もしや、と。天気予報士泣かせの雪空を見上げる。もしやこの大雪って。あいつらの。
「これって、まさか」
「多分、そうだと、思う」
困ったように彼は溜息をつく。大きすぎる被害は何とかしないとね、と。
「同じ妖精なのにー。冬はホいらの季節なのにーって、泣きわめいてたから」
「あ〜〜〜なるほど〜〜」
連れてもらえなかった雪だるまの怨念で、こんな雪まみれのバレンタインデーに。
「…ごめんね」
「え?」
ホントは人間界に慣れているシュラだけで買出しって、言ってたのに。
「一緒に行きたい。買い物したいって、私がわがまま言ったから」
「君が気にすることじゃないよ」
「でも。ニンゲン達にまで迷惑かけちゃって」
シュラの説明の通りなら、ニンゲンは皆、この日を心待ちにしていたはずなのに。
「迷惑、だけじゃない、と思うよ」
「え?」
ほら。と、そっと手を握られる。
完全に人に擬態しているシュラの手は、その魔力をうまく逃がすカタチでほんわかと暖かくて。
「寒いから、こんなふうに皆が手をつないでも不思議じゃない」
きっと嬉しい人もたくさん居るよと、だから気にしないでと笑う彼。
ドキリとしながら、今は灰色の最愛の相手の瞳をのぞきこむ。本当かしら、と。
彼は誰よりも、優しい嘘の上手い悪魔だから。
「妖精はさ。怠け者にはいたずらするけど、正しい者には手助けをしてあげるんだろ?」
君も、フロストもちゃんと“妖精の仕事”をしてるんだね。
――― 彼は誰よりも、優しい言葉をつくるのが上手い悪魔だから。
◇◆◇
「はー。ものすごい人なのね!それに売ってるチョコレートもすごい数!!」
「大雪だから、多分これでも人は少ないほうだね。いろいろ買えて良かった」
慣れない人ごみで辛いかと思ってたけど。大丈夫そうだな。良かった。
「あ。それ、俺が持つよ。重くない?」
「私の力の値、忘れたの?」
「…そうでした」
力パラメータ、既にMAXだもんなぁ。俺の力持ちの妖精さん。でも、さ。荷物持ったままだと。
「やっぱり、俺が持つよ」
「え。どうして」
だって、手がつなげないよ、と、荷物を奪った反対の手で彼女の手を捕まえる。
普段は指先で触れるぐらいしかできない、手。こうできるだけで、嬉しい。とても。
「ね?」
「そ。そうね」
ほわり、とピンク色になる頬が可愛い。普段も可愛いけど、今日は特に。
滅多に手なんてつなげない俺達だから、こういうときはずっと、していたい。
「ねえ。シュラ。一つチョコレート開けてもいい? これ、食べてみたくて」
「…いいよ」
今日はとある聖人の記念日。恋人たちを助けたとして有名なその方にあやかって。
人界で。それも俺の生まれた国ではチョコレートを渡すイベントがあると聞いて。
ふふ、愛すら金儲けにつなげるのだね、と、面白がったルイに頼まれた、買出しデート。
私からのサービスだよ、と人のサイズになったピクシーと一緒に。
――― ずっと。ずっと、思ってた。
こんなふうに、並んで。こんなふうに、歩いて。こんなふうに手を繋いで。
(俺がもっと強くなったら。いつも、君と。こうしていられるの、かな)
「ね。ピクシー」
「なあに」
「俺にもちょうだい」
「チョコ?」
あーん、と開いた口に、コロンと丸いチョコレートを入れてくれる、君の指は俺よりも少し細い。
美味しい、ありがとう、と礼を言う俺に君はどういたしまして、と微笑む。
俺の思惑も知らないで。
「ちゃんと、おかえし、するからね」
「え?」
「ううん。ひとりごと」
ルイに頼んで、一月後にはもう一度、同じ大きさにしてもらおう。
彼女が俺のサイズでも、俺が彼女のサイズでも構わないから。
本当の“ホワイト”デーには、さっきもらったチョコのお返しをするよ。俺の大切な妖精さん。