「嫌」
嫌、だ。
「行かないで」
もう、どこにも、行かないで。僕だけの、ものに、なって。
「お願い、最後まで」
抱いて。そして、僕と繋がって、僕を繋いで、僕に繋がれて。
夢でも、いい。任務でも、いい。薬だって、洗脳だって、何だって、どんな手段を使っても。
貴方が手に入れば、それで、いいのに。それで、良かったのに。
「……聞いて、ライドウくん」
耐えるような、声。その声の辛そうな、響きが、狂いそうなライドウの欲を、殺ぐ。
そして、与えられるのは、信じられないような言葉。
「俺は、君のものだよ。……ずっと、君のものだ」
――― 俺が、生きている、限り。……ずっと。
「……本当、に?」
震えて上ずる声は、自分のものとも思えない。
「本当、だよ。だから、心配しなくて、いい」
俺が欲しいなら、”君の意思”で、ちゃんと、言って。いつでも、あげるから。
「だから、夢に、逃げないで。こんな形で、俺に、君を、傷つけさせないで」
「は……い」
ああ、こんな言葉が貴方から聞けるなんて、夢にも。
「いい子だね」
溢れるのは幸福な涙。それを、由良はちゅ、と口付けて、吸う。幼子を宥めるように。
ああ、それと。
もう、コレ、要らないよね、と。
スルリ、とネクタイが解かれる。
良かった。痕、ついてないね、と手首に感じるキスは、優しくて。
そのまま、腕を、肩を首をなぞった後に、辿りついた唇に優しく口付けられて。
最後に、とどめを刺すように。
「愛してるよ」
と、囁かれて。
僕も、愛して、います、と。
やっと自由になった”自分の腕”で、愛する男を深く抱きしめて。
そう、幸せそうに返して、眠りの底へと落ちた男は。……どこかで気付いている。
――― そう。もう、この腕を束縛する、布は要らない。
もはや、自分は。
目の前の悪魔へと、甘く、強く、縛り付けられたのだ。
目に見えない、二度と解けぬ、菖蒲色の鎖で。
◇◆◇
「由良、くん。……ライドウ、は?」
「眠ってますよ。鳴海、さん」
思ったより早かったですね、と、メールを打っておいた由良は親しげに笑う。
「え……っと、どうしたの、ライドウ?」
その問いには、少し声を潜めた、返答。
「どうやら、困った連中に変なモノ飲まされた、みたいで。
たまたま、都合よく、俺が通りかかったときに、揉めてたの、見かけて」
で、これまた都合よく俺のシマというか、勝手知ったる区域だったので、対処したんです。
しばらくは、ちょっと混乱してましたけど、中和剤と鎮静剤、飲ましておきましたから。
「多分、朝にはもう大丈夫ですよ。彼、薬物には、すごく耐性ある、みたいですし」
にこりと笑む由良の視界で、ほんの少しだけ、鳴海の体がピクリと動く。
「……鎮静剤、とか、薬物って、……そんなことにも詳しいの?由良くん」
「ああ、俺、長い間、病気してましたから、その時、薬学系の情報もちょろっと」
「そ、そうなんだ」
「ええ。投薬もいろいろされましたから。俺もたいていの薬はあまり効きません」
今も、副作用対策に、強めの鎮痛剤とかいろいろ、持ち歩いていますし。
再度、ピクリと動く鳴海を見て、由良は言う。念を押す、ように。
――― だから。
「次は正攻法でお願いします」
「え?」
戸惑ったような鳴海に返るのは、くすくす、と笑む、少年の容をした魔物の声。
「いえ、独り言ですよ、ああ、それとコレ、渡しておきますね」
ジャラ、と鳴海の手の平に載せられるのは、ロザリオ。
「暴れると、危ないから、はずしたんです、けど」
はずすときに、強い静電気が起きたみたいで。空気がすごく乾燥してたから。
「ああ、それで」
通信機能が、と。うっかり言いそうになった鳴海の口は微妙な形で止まる。
「直しておいたほうがいいですね」
「……え?」
「大事なものなんでしょ?大切にどっかに直しておいたほうがいいですね」
「あ、ああ。そうだね」
俺、鳴海さんの、本当は嘘をつかないところ、好きですよと、由良は心で微笑む。
「じゃあ、俺は、これで」
「……え!もうこんな時間なのに?」
メンテナンスがあるんですよ。
君の?
ええ。俺のコンピュータの。
マメだね。
大事にしないと裏切りますよ。機械は。
なるほど。
だから、鳴海さん。
「大事にしてあげてくださいね。たとえそちらにとっては道具でも」
そう、言った由良は、一瞬とても厳しい視線を鳴海へと寄越し。
すぐに柔らかい笑みへと表情を変換する。
「ああ、そうだ、あと」
次、こんな悪戯したら、”もう二度と撫でてあげませんよ”、って
ゴウトさん、脅かしちゃったんですけど。
「脅かした?……ご、ゴウト、を?」
「ええ。……ゴウトさんを」
ちょっとキツク言い過ぎたかも、しれないんで、また慰めてあげてください。
じゃ、また。と。
別れの挨拶を落としていった、由良の背中を見送って。
残された男は、虚を突かれたように一瞬だけ、呆け。
すぐに、慌ててライドウの寝室へと、歩みを進めて。
すぅ、と健やかな寝息を立てる彼の様子を確かめて、ベッドサイドへと座り込み。
やがて、深い安堵の溜息をついた。
◇◆◇
「“ライドウ”、が通用しない、なんてな。……何てまあ」
さすが、人修羅。鉄壁のセキュリティ。
あの調子だと、絶対バレてるよなぁ。いろいろと。
ロザリオの機能が停止した、とかって焦ったこっちが、慌てて向かわせたゴウトまで、
あっさりと追い払ってるし、なぁ。
でも、まあ、“この方法”は、俺も賛成してなかった口、だし。と優秀な密偵は頭を掻く。
一体、いつの時代の情報戦だよ。
「催淫剤と自白剤使って、色仕掛けで情報収集。あわよくば配下に堕とせ、なんて」
いくら“ライドウ”の成功率が100%たって、いい加減にしろって。
つーか、あれだけ、人修羅には、その手は効きませんよ、って言った、のに。
経口だけでなく、粘膜からの摂取も計算に入れれば大丈夫だ、とか適当なことを。
「……実際に、ソレをやらされる方の身にもなれって、いうんだ」
“任務中”は半ば、洗脳状態だから、記憶には残らないかもしれないけど。さ。
だからって、そう何度もほいほいと使うような手段じゃ、ない。
眉を寄せていた鳴海は、ふ、と、今後のことを思い至って、顔を上げる。
「まあ、状況判断の柔軟さに欠けまくっている上には、イイ薬、かもしれないな」
と言うより。いくら上が馬鹿でも、一度失敗した手段は、二度は採らない。
だから、もう二度と、この汚い手段で“ライドウ”が使われることは、無い。
俺たちが、“彼”をターゲットにしている、限りは。
「つーか、彼。分かってたんなら、ヤリたいだけヤッて、とっとと逃げるコトだって、できたのに」
まさか、だけど……。ライドウのために、わざと罠にかかってくれた、のかな。
だって、薬物と洗脳で、任務遂行モードに設定されたライドウが、正常に落ち着くまで、ずっと。
「傍について、介抱して、くれてるし、な」
しかし、……なんつー精神力。だって、ライドウだぞ。生殺し、どころの騒ぎじゃなかった、だろうに。
つか、それだけ、
「ライドウを大事に思ってる、ってコトだよね」
大事にしてあげてくださいね、って言われたときの、視線。……殺されるかと思ったもんな。
ふう、くわばら、くわばら、と呟いて、鳴海はライドウの寝顔を見る。
それにしても。
「幸せそうな顔、しちゃって。ライドウ」
(……なあ、ライドウ。お前の探し物、もしかしたら、由良さん、なのかも、しれないな。
お前がこの組織に縛られている理由の、一つ。
だったら、相思相愛、確定だな)
ちょっとばかし、妬けるね、と眠る男の顔をつつくいろいろな意味での“上司”は。
結果的に、ライドウの苦しみを減らしてくれた彼に、心の中で礼を言った。
Ende
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一応、反転。
ええと。だから、蜂蜜は中和剤なんです。ほんでもって、ミルクに鎮静剤混入。
口からも粘膜からも摂取させるように設定していた、という……人間兵器か。
でも、きっと、もう二度とこういうお仕事は回ってこないでしょう。ライドウさん。
脅かされたゴウトさんとか組織とか中の人については、またおいおいと。