サクラモリ 01




April is the cruelest month, breeding
四月はもっとも残酷な月だ

Lilacs out of the dead land, mixing
死に絶えた大地からライラックを育て

Memory and desire, stirring
追憶に欲望を混ぜ合わせ

Dull roots with spring rain.
春の雨で鈍い“根”をふるい起たせるのだ。


T.S.エリオット






「意外だったよ」

それは、壊れた後の世界。
ふわり、ふわりと舞い散る花弁の中、
穏やかな春の日差しの下、群れ集う人々がさんざめく。
その様を遥か頭上から見下ろしながら、静かなる世界の創世主は微笑み。


「何が、だね?」

あれは、壊れる前の世界。
クルリ、クルリと回る肘掛け椅子の上、
4月は残酷な季節、と、エリオットの詩を引用した、いつかの傲慢な男は。
あのとき、うっかりと殺しかけた・・・今は何よりも大切な神の笑顔をまぶしそうに見る。


「“花見の時期は、深夜の外出禁止令を解除する”」
ああ、後、“桜の花が咲いている間は、仕事を休みにするように”、とか。

アンタの口から、そんな提案が出るとは思わなかった。と、
そう、面白げに語る、その音の響きすらも
囚われた己には桜花のごとく、匂い立つのだと、被りなれた無表情な仮面の下で男は思う。

「・・・春の使者の到来に喜び、その美に酔い、萌えいづる人の感情まで否定しようとは、思わん」
たとえそれが、“追憶と欲望を混ぜ合わすだけの行為”であったとしても。

照れたように視線を逸らして語る、堅苦しい言い訳に。

くす。
まーた、難しいこと言ってるー。だから禿げるんだよと、かつて人修羅と称された少年は、また笑った。




◇◆◇




シジマ。
自らを身喰いするごとき、おぞましき人の欲を適正に抑えようとする、理想の世界。

その世界を構築した、当初。
では、どこまでが適正な欲なのか、どこからが過ぎた願いなのか。
その難解な命題に直面し。
君なら、どうやって、それを判断し、それを導くかね、と問うた時、
静夜という名を持つ、この神が、あっさりと、答えた言葉を氷川は忘れることができない。

「うーんと、さ。最終的に、自分が幸せになれるかどうか、じゃねーの?」
「・・・幸せ?・・・自分が?」

それでは現世と同じでは、と返す前に提示されたのは、のんびりとした声。

「たとえばさー」

好きな食べ物があるからって、そればっかり食ってたら・・・体壊すだろ?
好きなゲームがあるからって、飯も食わずそればっかりやってたら死ぬだろ?
大好きな人が居るからって、相手の迷惑考えずに自分の欲求ばかり押し付けてたら、ダメだろ?

そんな卑近な。分かり安すぎる、喩えに、氷川の声は止まる。

そう、そんなことをしていれば、いつか。
食べ飽きて、やり飽きて、嫌われて、見るのも疎ましくなり、きっと、いつか不幸に、なる。
いや、既にそう・・・なった。


「俺の親の友人でさ、国際線のパイロットの人が、居てさー」
その人が言うにはさ、ヴィトンなんて、本来はかなり年配の人が持つようなモノだったって。
若すぎて似合わない人が持ってたら、“私は金のもうけ方も使い方も間違っている人間です”って
宣伝してるようなもんだって。だから、恥ずかしい、って言ってた。・・・大分、前だけど。

「・・・金のもうけ方も、使い方も、間違って、いる?」
心のどこかを突き刺されるような、言葉に、思わずと問い返すと、返るのは困ったような瞳。

「・・・あー要は、・・・ほら、“体を売っている人間です”って、思われるんだって、さ」
実際、エンコーとかやってる奴って、結構、持ってた、よな。・・・全然、似合わねーのに。

そんな、冷たい批判に続けて、でも、と落ちる声は、哀しくて、優しい。

「でもさ。そんな風に思われてるって知ってたらさ。ちゃんとそう、誰かが言ってやってたらさ」
自分を安く売ってまで、無駄に、傷、つけてまで、そんなカバン持ちたいって、思ったかな?
「・・・」

「いや、そりゃ当然、モノとしてはすごくイイらしいしさ。丈夫で綺麗で使いやすくて。そーゆー機能性が好きで、分かってて、それが似合ってる人はそれはそれでいーじゃんって、俺も思う」

黙ったままの大人に、言い過ぎたと思ったか、焦ったようなフォロー。

そして、暫しの沈黙を経て、続くのは柔らかな結論。


「だから、さ」

誰かと一緒に食べるから、この食べ物は美味しいのかもしれない。
誰かと一緒に語り合えるから、そのゲームは面白いのかもしれない。
大好きな人の笑顔が見れれば、自分がどんなに苦しくてもそれで、いいのかも、しれない。

「そんなふうにさ、・・・皆が幸せになれたら、それでいいんじゃないかな?」

どっかの偉いセンセーが書いた、脳研究の本に載ってた。
人は、他人との触れ合いが無いと死んでしまう、そんな脳を持つ、哀れな愛しい生き物なのだと。

「・・・」
”愛しい”という言葉が、神の唇から落ちるだけで、トクリと鳴るのは愚かな崇拝者の心臓。
そして、氷の川は溶かされる。優しい神の暖かい、心に。

――― どうか、気付いて。
人は、自分が一番大事。それでいい。それが当然。でも。自分だけじゃ、幸せにはなれない。
そのカバン、素敵だね、似合ってるねって誰かに言ってもらえるから、嬉しいのだと。気付いて。
目の前の欲に惑わされて、本当の自分を、本当の幸せを、見逃したり、しないで。・・・どうか。



「・・・だから、本当に幸せになるためにさ、」
どこで欲を止めればいいのか、を、自分で考えられるように、俺は、したいって、思う。

「・・・では。さしあたっては、正しい情報提供、からだな」
金と権力という名の“神”の、信者とプロパガンダを無くすことから、始めるか。

「だね〜。正しい情報って、欲しいよな。・・・大人の都合で変形されたソレじゃなくてさ」

そう、やはり、チクリと毒を注ぐ、優しい少年の笑顔を見ながら。
前の世界を壊した罪深き男は、己の選択の正しさを、確信したのだ。




◇◆◇





「あれ?でも、アンタは花見に行かないの?今日からは休みだろ?」
政府、警察、医療関連はまるっと休むわけにはいかないから、せっかくローテ組んだのに。

「私は、あまり、あの花は好きではないのでね」
「へ?好きじゃない??・・・桜が?」

(・・・うわぁ。コイツ、変人だ変人だと思ってたけど、ホントに変人だー!
もしかして、アレ・・・? “見ろ!人がゴミのようだ!”とか考えるような、あんなタイプー?)

微妙にポイントをずらしているであろう、大切な少年の思考をどこかで予測しながら。
氷川はだが、それを無理に訂正すること無く、事務的に“正しい情報”で言葉を繋ぐ。

「“秒速5センチメートル”、なのだそうだよ」
「へ?何が?」

「桜の花の」

――― 散る、速さが。

へえ、そうなんだ。アンタって、いろいろ知ってるよなー。ホントに。
え、でも。だから好きじゃないの?そんなことぐらいで?

そう、またしても頓珍漢なことを言いながら微笑むのは。

柔らかに穏やかに鮮やかに咲き誇り、そのしなやかな強さで、万人を魅了しておきながら、
・・・けれど、目を離したその一瞬に

――― 風にさらわれる、花。


「・・・桜が好きではないのは、私だけではないと、思うがね」
その花に、よく似た誰かを、散らさずに留めたいと思う、花守なら、きっと、誰もが。

「・・・ん?何か言った?」

「いいや。それより、明日、だったかね」
「・・・うん。悪い。ちょっと、行ってくる」

「いや、謝る必要は、無い」
「え?」

「今回は、私も同行させてもらおう」
「ええ?!何で、また?!」

「家族に挨拶、は、必要だろう?」
「・・・って、それ」

「私も、自分が幸せになれる、ことを、考えてみたのだが・・・これは」
やはり、“過ぎた望み”、かね、と、問おうとして。

氷川は、己の饒舌な創世神が黙り込み、赤い顔でうつむいてしまったことに、気付いて。


ひとまずは、言葉を止めて、愛する静寂の世界を創り。

待った。




自らの腕に、愛しい神が落ちてくるのを。










世の中に たえてさくらの なかりせば 春の心は のどけからまし

(この世に、桜の花が無ければ、どれほど落ち着いた心持で春を過ごせることだろうか)



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20000hitのキリ番でいただいたリクエスト「4人の人修羅の話」

まずは、シジマから。・・・地味に幸福そうですよね。ココ。