サクラモリ 02




“秒速5センチメートル?”

ってことは、10秒で50センチ。20秒で1メートル。
普通の桜の木、なんて、高くても3メートル、だよな。
じゃあ、長くても、1分も、かからないんだ。・・・地に堕ちる、まで。

・・・何の話だ?キョウ?

――― 花が地に落ちる、速さ、だよ。ダンテ

(また、訳の分からないこと、考えてやがったか・・・)








ゆく春の、大和の国の、奈良公園。

一度、来たかったんだと笑う外国人のミーハーに付き合って訪れた観光地。
KYOTOは飽きたし、桜の季節なんぞ人だらけだろ。NARAあたりどうだ、と言われたけれど。

「なんで、こっちもこんなに人がいっぱいなんだ?KYOTO並みじゃねーか」
「・・・知らなかったのかよ。今年は記念の年なんだよ」
「記念?」
「この地に都ができてから、1300年、らしい」

ふーん、と、落とす音からは全く興味がなさそうな様子が見て取れる。
さっき鹿が山ほど群れているのを見たときは、ハンターの血が騒ぐとか大騒ぎしてたくせに。
・・・神の使い扱いで保護されてるんだぞ、絶対に狩るなよ撃つなよ襲うなよ!
と必死で止めた数十分前を思い出して、キョウは、はぁ、と深い溜息をつく。

コイツ。一昔前なら、鹿を殺したら石子詰めだったとか。
朝起きて家の前に鹿の死骸があったらどうしよう!という恐怖で奈良の人が早起きだったとか
聞いたら、びっくりするんだろうな、次、問題起こしたら言ってやろう、と思いながら、
慌てて彼を連れ込んだ、この地最大の”観光大使”を共に眺める。

大きな大きな仏様を呆れたように見やる半魔を引きずって、ルートどおりに歩むと。
先の方に、なにやら黒山の人だかり。

「アレ、なんだ?やたら、人が並んでるぞ」
「ああ、あれは、たしか」

穴が開いているんだよ。
穴?どこに?
柱に。
柱?

「ほら、あの大仏様の鼻の穴と同じ大きさの、穴が開いている柱が、あってさ」
それをくぐってみることが、できるんだ、と、言い終わらないうちに始まる、大爆笑。

「HAー、HAHAHA!鼻の穴、入って、くぐって、愉しいのか?! 日本人は!」
「・・・」
すげーGREAT!超COOL!ワビサビって、これか!このことか!と腹を抱える大男を見ながら。
ここは日本人として反論すべきなんだろうが、残念ながら“この点”に於いては同感に近い、のが
悔しくて、とりあえずキョウは黙り込む。が。

「オレだったら、どうせ穴に入るなら、お前の・・・」
「・・・!」

ゆく春の、大和の国の、東大寺。
反響効果抜群の、大仏殿の、その中で。
スラング交じりの聞き取りにくい英語とは言え、とんでもないことを大声で言いかけたクソ外国人に、結局は。

「・・・それ以上言ったら、別れるよ?ダンテ?」

愛のデスカウンターを食らわすことになった。



「わーるかったってー、キョウー」
「・・・」

「そんなにおこんなよー」
「・・・」

「あんまりつれなくすると、すねるぞー」
「・・・」

「池に飛び込んで、泳いじゃうぞー 亀さんと一緒にー」
「やめんか、アホ」

「わったし、ニホンゴわっかりませーん」
「・・・Cut it out! musclehead!!」


・・・ゆく春の、大和の国の、猿沢池。
怒り狂う元混沌王の雄叫びを受けて、脅えた鳩がバサバサと飛ぶ。

穏やかな春の日差しの下で、舞い散る羽毛と桜の花弁、ついでに五重塔を背景に。
美しい瞳を怒りに煌かす少年の姿は、恐ろしくも美しく。

これはこれでものすごくイイよなぁ、と、彼に”脳筋”と呼ばれた男は、うっとりと見惚れた。




◇◆◇




「で、何だ。わざわざ、こんなカフェへ連れ込んで」
・・・連れ込んで、って、もう少しまともな表現は無いのかよ。・・・まあ、いいよ。
と、メニューを確かめる響はダンテに何を聞くことも無く、店員に注文を、指で伝える。

「あ?何頼んだんだ?俺には食わせないってか?」
「・・・ちゃんと、注文しておいたよ」

「だから、何を」
「・・・”あすかルビー”ってのが、あるんだよ」

「何だいきなり。ルビー?宝石か?・・・なんだ、おねだりか。それならそうとさっさと言えば」
「違う」

「じゃ、何だ」
「注文が、来れば分かる」

そのまま、むっつりと黙り込み。
観光ガイドに目をやる恋人を怪訝そうに見るダンテの前におかれたのは。

「・・・”あすかルビー”って、コレか?」
赤い、赤いルビーのように鮮やかなイチゴが、山盛りのクリームと共にウズタカク積もる、それは。
この男には途轍もなく似合わない、けれど、この男のもっとも愛する食べ物。

「奈良の特産品なんだ。中まで赤くて、とっても美味しいって、ネットで」
そこまで言って、しまった、とばかりに少年は口を噤むが、時は既に遅い。

「へー。・・・ネットで、調べてくれたんだ?」
「ち、違う!た、たまたま目に留まって・・・」
不機嫌そうに否定する、その頬は、その男の大好物のように、赤い。

(いんや、今となっちゃ、これが俺の一番の、好物、か)

そんな、ますますこの照れ屋の恋人が怒り出しそうなことは、さすがに口には出さず。

大きな体の外国人は、小さな細い銀のスプーンを無骨な太い指で持ち。
赤いルビーを散りばめた、美しい白いクリームを、その先に、一さじ、掬って、口に入れ。

「deeeeeeeeeelish!」(うんめー!)

にこりと、笑む。

その、ストロベリーサンデーをほおばる外国産半魔のあまりの似合わなさ、あまりのギャップ。
にも関わらず、見事なまでに幸せそうな食べっぷりを、不幸にも見てしまい、
心中で様々な色の悲鳴をあげる周囲の老若男女を意にも介せず。

美味しいぜ、お前も食えよ、ダーリン、と、ダンテは、もう一匙、掬って、響へと差し出した。




◇◆◇




「あー、酷い目に遭ったー」
「だから、言っただろ。鹿をなめるなって」

(いや、だって。鹿せんべいをネタに、ちょっとからかおうとしただけだぜ!
あんな、一気に数十頭も取り囲んでくるとは、思わねーじゃねーか!!)

ほーら、欲しいかーと、見せびらかしていたせんべいなど、ものの数瞬で奪い取られ。
持ち物から、衣服から、果ては髪の毛まで、鹿の群れに舐められ、噛まれ、引っ張られた
哀れな半魔の惨状をかつての最強の悪魔は、自業自得、と切って捨てる。

そんなこんなで、鹿から逃がれるために迷い込んだ、林の奥で。
冷たいなー俺のダーリンはーと、ぼやくダンテはそれでも、幸せそうだ。

それもそのはず。彼の視界にあるのは、正に眼福。
ハラハラと、落ちる桜の花弁の中に、佇む、最愛の少年。

綺麗で、強くて、儚くて・・・愛しくて。瞬きする間に、どこかへ行ってしまいそうな。

秒速5cm、とか言ってたな。
花のオちる、速度、か。・・・コイツが何を思ってたか、ぐらい、分かってる。
全く、何度言えば、分かるんだ。何度、オちそうになっても。

オレはお前を離さない。

もし、オちても。
――― オレが必ず、掬い上げてやるって、さ。

「何か、言ったか、ダンテ?」
「いいや。何にも・・・それより、この後どうする?」

珍しく誤魔化すような笑顔につきあって、キョウもまた、話題を変える。

「特に予定は・・・あ、でも、そういえば、お土産でも買っておこうかな」
「ああ。そうか。明日、だったな」

どこか、不機嫌そうな、心配そうなダンテの声に、キョウが俯く。

「・・・うん、ごめん」
「いや。謝る必要はないぜ」

「え?」
「俺も行く」

「ええ!?」
「何だよ、その迷惑そうな声は」

「え、だって、ただでさえダンテ、目立つしトラブルメーカーだし、その」
「その、何だ?」

「・・・(何となくだけど、あいつらに会わさないほうがいいと思うんだよな)」
黙ったまま、至極一般的な感想を持つキョウを、ダンテはいきなり抱き上げる。

驚いた瞳に合わされるのは、どこか狂気を秘めた魔物のソレ。

「言っておくがな、キョウ。俺を連れて行かずに、まーた、誰かさんが、怪我して帰ってきた日には」
――― 誰かさんの体中に桜が散ると思っておけよ。

「か・・・からだ、じゅう?」
「Yes. My sweet honey.」

一日二日で散り終わると思うなよ、と、にっこりと凄まれて。
かつての混沌王は、いつか、どこかの、某カルパで味わったような感覚に、襲われた。







ひさかたの 光 のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

(こんなにのどかに晴れた春の日なのに、なぜ桜の花は落ち着くことなく、散っているのだろう)



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※うっかり、奈良でデートさせてみました。あすかルビーは物凄く美味!
(石子詰め、知らない方はググってください。怖いので注意)

以下は蛇足のネタ


「そういや、ダンテはお土産とか、買わないの」
「・・・あのな。そのお土産の習慣は日本だけだって、言ったろ」
「あ、そっか。自分の思い出の為に自分に買うのが、お土産なんだよね」

行ったことも無い観光地の菓子なんぞもらって、何が嬉しいんだ?とか言ってたな。
あれ?でも、じゃあ。

「さっき、買ってたのって、自分用なの?」
(・・・ギク)

「・・・ねえ。どうして、自分用に、あんな、おっきな、せんとくん人形が、必要なの?」
「そ、それは、だな(角は生えてるし、半裸だし、何だか、どっかの誰かに似てるなあって)」