「た、食べるの?」
「そうだよ」
子ウサギはもう一度、おそるおそる足元を見ます。
初めは驚いて魔物かと思いましたが、よくよく見ると。
(綺麗だなあ)
とてもとても、綺麗な死体です。
(時々、森で見る小さめの人間に似てる)
(不思議な黒い模様がいっぱい入ってるけど、何だろう)
「こんなに綺麗なのに食べちゃうの?」
「綺麗だから、食べるんだよ」
そうしないと、盗られてしまうから。
「で。でも食べちゃったら、もう会えないよ」
死体なのに“会えない”。辻褄の合わぬ台詞は、死体でもまた会いたいと思う気持ちの発露。
「……ね。君のような無垢な子ウサギくんでも、“また会いたい”って思っただろ?」
さっき初めて“会った”ばかりなのに、と言われて、
あ、と思い当たったようにピョコと両耳を伏せてしまったウサギを見ながら。
だから食べてしまわないと、心配で仕方が無いんだよと白い人は小さく呟きました。
◇◆◇
遠くから。ゴゴゴと微かな振動が聞こえてきます。
「ああ。始まったね」
「何が?」
「約束の時だよ。氷の獄に閉じ込められた悪魔が解き放たれる」
意味の分からない言葉に子ウサギが眼を白黒させていると。
もうお行き。とその白い人は優しく声をかけてきます。
「で、でも。ぼく」
白い鴉の神様に会わないとお母さんが。
「大丈夫。これをもっておゆき」
そう言って白い人は子ウサギの前足に、何かの葉をくくりつけました。
「これは?」
「これでお母さんを撫でておやり。きっと良くなるから」
子ウサギは何度も何度もお礼を言いました。
「いいから早くおゆき。じゃないと巻き込まれる」
少し焦ったような声音に、子ウサギも慌ててピョンと元来た道を戻ろうとしました。
バサ!
入り口に通じる穴に飛び込む寸前に聞こえたいきなりの羽音に驚いて、子ウサギが振り向くと。
(あ!)
いつのまにか氷が溶けて、あの死体が現れています。
そしてその体の上にとまって、その肉をついばもうとしているのは。
(白い、カラス)
大きな。ワシよりも大きな美しい白い鳥が、バサリと翼を広げて死体を覆っていました。
だれにも盗られたくない、と言わんばかりに。
(そうか、あの人が)
白い鴉。
――― 森の神。