やがて、洞窟の中とは思えない開けた場所にたどりついた子ウサギは
ぴょん、と跳ねるのを止めました。
(うわあ。きれいだなあ)
そこは一面の白い世界。
氷に閉ざされた丸いドームのような透き通った天井を見上げて、子ウサギはその眩しさに目をぱちぱちとさせました。
「おや。道に迷ったのかい?」
(え?)
気付くと、白い氷の間の中央に白い衣をまとった人が立っています。
(あれ?いつから居たんだろう。白に白だから気付かなかったのかな)
人間は怖いもの、とはまだ思っていない子ウサギは逃げもせずにピョコンと耳を倒します。
その、まるで首を傾げたような可愛い風情を見て、白い人は少し苦しそうに微笑みました。
◇◆◇
「そう。お母さんが病気なんだね」
「うん。だから森の神様を探して」
ここに迷い込んだのだと、子ウサギは白い人に話します。
「森の神?それってどんなの?」
「お父さんは白い鴉って言ってたけど」
ぼく。白い鴉なんて見たことないから、どんなのか分かんないよ。
そうぼやくと、白い人は、そうだね、分からないねと小さく肯きました。
「何してたの?こんなとこで」
「待ってるんだ」
何を?と尋ねる前に、白い人がすう、とその白い指を伸ばします。
その方向をゆっくりとたどって、視線を下げた子ウサギは。
「わっ!」
慌ててピョンと跳んで、その場所から下がりました。
それもそのはず。子ウサギが座っていたそのすぐ下。数mの位置。厚い厚い氷の下に。
ヒトのカタチをした何かが一体、横たわっていたのですから。
(ま、魔物?悪魔?……ひ、ヒト、じゃないよね?)
「心配いらないよ。動かないから」
「動かない?……死んでるの?」
「そう、だね。広い意味で言えば、もう死んでいる」
魂が入っていないからねと、その場にしゃがみこみ。そっと掌を地面に触れさせて。
白い人は優しい瞳で、その死体を見つめます。
「撫でてるの?」
「そう見える?」
「うん!」
お母さんがぼくを撫でてくれるときも、そんな顔してるよと自信たっぷりに答える子ウサギに、白い人は困ったような笑顔を向けました。
「待ってるって?何を待つの?」
「氷の柩が溶けて、彼が出てくるのを」
「出てくる?生き返るの?」
「いいや」
「死んだままなのに、“待ってる”、の?」
「ああ」
何だかよく分かんないなあとピョコピョコと動いていた耳は、続いて聞こえた信じられない言葉に、凍りついたようにピョンと真っ直ぐに立ちました。
「だって。食べてやらないといけないからね」