cage 〜檻〜 1


――― ウリ、エル


「・・・主?」

呼ばれた、と感じて、彼はその美しい翼の動きを変える。
彼が管理を任されている中層区の見回りを中断し、上へ。
・・・上、へ。

力無きモノには辿り着くことすらできぬ、この「(ヨスガ)」の地の中心へ。
最愛の"神"が居られる、その場所へと。


周囲の建物を従えるように、高くそびえ立つヨスガの塔。その最上部。
外側からは一見、何も無いように思える半球状の外壁に、ぴたりとウリエルは手を触れさせる。
瞬間、空間が開き、引き込まれるように彼はその身を受け入れられた。


――― へえ。プラネタリウムの、ようだね。と。

初めてこの部屋に入った主がポツリと、どこか懐かしげに呟いて形容したように、その広いドーム状の部屋の壁面は、 内部から見るとガラスのような物体で区切りも無く全て覆われている。

そして、今はそのまま、外を――― 雷鳴と豪雨をもたらそうとする暗雲と、それに抵抗しよう とする青空を見せるそれは、その部屋の主が望めば、このヨスガの地のありとあらゆる所を投影することのできるモニタとなり。 また、その部屋の主に敵対するモノ全てを遮断する結界と、なる。

故に"神"の意にそぐわぬ行為をしたモノを瞬時に撃ち殺すことも。
"神"の瞳に適わぬモノを、二度とその目に映さぬようにすることも、また、可能なのだ。
彼さえそう、望めば。


その力と権利を持つ、この世界の"神"。
かつて人修羅と呼ばれ、受胎後の世界で混沌王と尊称を得るほどに成長した、悪魔。
今は、黒い紋様と角こそ無いものの、かの地で得た力を内包したまま人の容を取り戻した、彼。

最強の力とそれに追従する美を持つこの地の主は、部屋の中央にある広い寝台に、寝そべり。
その銀とも見まごう灰色の瞳に、黒に侵食されていく青を、ぼんやりと映していた。

そのどこか虚ろな瞳の様に、微かに眉を寄せた下僕は急いでパサ、と寝台の横に跪き、最愛の主の言葉を待つ。

「早かったね・・・。見回り? ウリエル?」
はい、と答える下僕の風切り羽根に手を伸ばし、彼はグイとその白い翼を引きやる。

ファサ、と空中に舞い散る白い羽毛を意にも介さず、掴んだその翼にスイと頬を寄せて
「雨の来る、匂いがする」
と、呟く主は、下僕の瞳の青が怒りでも困惑でもない色に濃く染まることを知らぬ気だ。

「・・・渇いて、おられるのですか」
今日も、と、擦れた声で問う天使に、神と成った悪魔の王は、フと嗤ってみせた。


◇◆◇


ヨスガ創世より、既に半年。

強者が支配する世界での創造神となった彼は、世界の在り様を確かめるとその姿を消した。
――― いや、消そうとした。・・・創世を為した日より数えて、たった一週間後に。

彼自身、明確な記憶は持たないが、彼が「そう」するのは3度目のコト。
1度目は以前とほぼ変わらぬ世界を、2度目は静寂の世界を。
選び取り、創り上げ、見届けて。
そして、姿を消した。いずれも、7日後に。

死期を悟った野生の獣が、自らの死に場所を求めて去るように。当然、の如く。

戯れに完成させた砂の城を置き去りに、夏の海辺から街へと去っていく子供のように。
・・・残酷に。




――― なぜだ、と。
沈黙の世を望んだ男の、あの、血を吐くような叫びを天使は今でも耳に思い起こすことができる。

彼は、幾度も幾度も呼んでいた。
世界を創造しておきながら、何の未練も持たず、次の転生へと去った 残酷な"神" の御名を。
理想とした世界の中心に、ただ独り残されて。


その嘆きは、かの「神の子と呼ばれたあの方」の姿にも少し似て。
幾許かの同情と、一時でも神を手に入れた彼への嫉妬に身を苛まれながら、
ウリエルは思い出したのだ。

「あの方」の、ヒトとしての、最期の言葉、
我が神(エロイ)我が神(エロイ) なぜ、私を見放されたのですか(ラマ サバクタニ)」を。


だから。

だからウリエルは、3度目に、己の最愛の主がヨスガの創世を目指すと知ったときに。
深い喜びと共に、凄まじい恐怖を覚えたのだ。
次は、己こそが「その言葉」を吐き、泣き、叫び、狂う番なのだと。


だから。

だからウリエルは、己の主が、ヨスガの地を捨てて、また独り、転生の旅に立つ前に。
神を絡めとったのだ。自らの身も心も魂も、その羽根一片すら残さず、その神に全て、捧げて。

ヨスガ創世より7日の後。
神がこの世を作ったとされる日数を経た「安息日」を。そのときを、待って。・・・待ち構えて。



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我が神(エロイ)我が神(エロイ) なぜ、私を見放されたのですか(ラマ サバクタニ)

一般的には「エリ、エリ、レマ サバクタニ」の方を紹介する文献の方が増えてきたようです。
この言葉がその「絶対的な神への信仰」を示し、「この方は真に神の子であった」と他者に
言わしめることとなった、というのが通説です。ざっくり説明ですみません。