cage 〜檻〜 7



わたしは雲の中にわたしの虹を置く

旧約聖書『創世記』9章13節



◇◆◇




――― ぱしゃ、という水音に、神は目を開く。

お気づきになられましたか、と。耳元で呟く声にビクリと、して、思わず動こうとすると。
きゅ、と背中から回された甘い腕の束縛が、その逃亡を防ぎ、少し哀しそうな音で懇願される。

すぐに、済みますので。どうか、もう、しばらく、このままで。・・・それに。
まだ、お動きになるのは、お辛いのではと、甘やかされて、再び神は天使の腕に体を預ける。

肌と同じ温度に調整された、柔らかな湯。
愛しい赤子を扱うかのように、胸に抱きとめながら、体中を清めていく手はとても優しい。

もう一度眠ってしまいそうなほどに気持ちの良い、その感触に目を閉じようとして。
ハッと、あることに、気付いて、身体を反転し、確かめる。

「お、まえ。翼、が」
濡れそぼる、美しいそれを見て、心配げに落とされる音に返される、くすり、という響き。
「鳥は、水浴びが好きな生き物ですよ。主」

人であった頃に、飼っておられたと、確か、おっしゃっていたのに。
お忘れですか、と微笑んで、天使はバサリと片方の翼を動かして見せる。
いつの間にか暗雲が去り、より透明度を増して輝く青い空から降り注ぐ光の下で。

パ、シャ・・・。と。

発生した細かな飛沫は、光に反射して小さな美しい虹を作り。
濡れそぼっていた翼は、瞬時に、元の艶やかな表情を戻した。

――― ああ、キレイだね、と呟く神の笑顔は、とても優しくて、どこか儚い。

・・・あれは、セキセイインコだったな。コバルトブルーの羽根を持った、手乗りの、ハルクイン。
遠くに飛びすぎて、猫に狙われないように、って。風切り羽根を切ってやって。
いつも俺の傍に居た、青い、小鳥。・・・すぐに、死んでしまった、けれど。

幼い子供のような、稚い、純粋な、儚い笑みはウリエルの心にチクリと棘を刺す。

その、どこか、懐かしい色を、秘めた、青い色を映す、遠い瞳。
手を触れさせることを、戸惑わせる、尊い光。

・・・え?

唐突に抱きすくめられて、神は戸惑い。

お許しください、と言葉にできぬ懺悔を心中で繰り返す天使の肩は微かに震える。

どうか、どうかお許しください。貴方をこの地にとどめて離さない私を。
貴方を神の座から引きずり落として自分のものだけにしたいと願ってやまない、この愚かな天使を。

下僕の憂いをほぼ正確に理解している主は、心中で溜息をつく。
・・・困ったヤツだな、と。

俺は、お前を自由にしてやりたかったのに。
この綺麗な翼を、神という、歪な鳥籠から、放してやりたかった、だけ、なのに。

なのに。皮肉、だなぁ、と。神は思う。
おまえ、自分から、俺の鳥籠に入ってくるんだから。
おまけに、自分から 翼を引きちぎろうとか、するし。

思って、その輝く翼を見る。
小さな虹を作った艶やかなそれも、濡れそぼるそれも、どちらも魅力的で。

・・・こんな綺麗なモノ、誰が、失わせるか。

つ、と。未だ濡れそぼったままの片翼を掴んで、ぱく、と咥える。
軽く、歯を当てられて、あ、と天使が驚いたように主を見る。

「なあ、ウリエル」
「は、い」
「今度、風切り羽根、切ってやろうか?」
「は?」

(お前が、遠くに飛んでいけないように。
そうすれば、安心、できるか?このバカ天使)

意味をとりきれずにパチと瞬きを繰り返すウリエルを見て、主は笑う。

「まだ、ヒント欲しい?」

(なあ、いいかげん、気付けよ。
お前は、俺を、閉じ込めたつもりなんだろうけど。さ。
cage(とりかご)ってさ、羽根があるやつを入れるモンなんだよ)

「だからさ。捕まえたのは、俺だよ、って、こと」
いたずらっぽく、笑って、掴まえた羽根をぺろ、と舐める主を見て。

ようやく、ああ、とウリエルも嬉しげに微笑み。

くすくす、と。
楽しげに笑う神の耳に口付けて。では、と返す。

「羽根を切っていただくのも魅力的ですが」
次からはどうか私に枷もつけてください。
私が、貴方のモノだと、心の底から、理解、できるように。

うっとりと呟く下僕に、もう一度、困ったなぁ、という瞳を向けて。
別に、いいけどさ、その代わり、と。

「いくらなんでも俺の留守中は、枷、はずすぞ。餌ぐらい自分で採れよ」
あと、俺のモノなんだからさ、二度と、傷つけるなよ。この翼。・・・俺が、居ない、ときでも。

溜息混じりに呟く声に、誓いましょう、と微笑みながら、またバサリと翼を動かして。

ああ、なるほど。"(かみ)との契約の証"、だね、と、 優しい飛沫が作った小さな虹の下で微笑む神に。

誓いのキスのように、天使は、口付けた。






Ende

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キリ番6666ゲッター佳乃様よりのリクエスト。
「ウリエル×シュラ様との、超甘甘かつ激エロなお話」でございました。
佳乃様、リクエストいただいて、本当にありがとうございました!

この甘さでオッケーな方は、ここでストップお願いします。
ほろ苦ビター切ないスイートがお好みの方、
おかしい、こんな甘さで終わるはずがない、と思われた、当サイトに通じた御方様は
後日談が、どこかに発生する予定ですので、暫しお待ちを。しましたので、お楽しみください。