――― さすがに、お辛い、か。
もう、何度目か、数えることもしなくなるほどに、達した後に。
つ、と。閉じられた灰色の瞳から透明な雫が流れ。
追い詰めすぎたかと、きりり、と天使の心が罪悪感で引き絞られる。
・・・お許し、ください。
いつも、いつも。貴方が気を失われるまで、この腕の中から離せぬ、この、愚かな、下僕を。
膝に乗せ、向かい合い、深くその身を貫いた、慣れ親しんだ体位で。
目の前のすべらかな頬を、ゆっくりと流れ落ちてくるそれを舌と唇で受け止めて。
「・・・様」
懐かしい、名を、呼んでみる。
それは、創世と共に捨てられた名。・・・人としての名、悪魔としての名は神には不要である、と。
パチ、と開いた灰色の瞳は、どこか怪訝そうに下僕の青い瞳を探して、その故を問う。
なぜ、その、禁じられた、名を、と。
潤んで赤みを帯びた、悪魔的に色香を示す神の瞳に、トクリと欲を煽られながらも。
ふ、と柔らかく微笑んで、天使はその答えを返す。
「・・・貴方が人であられても、悪魔であられても、神であられても」
他の何になられようとも。・・・他者の傍に、在られようとも。変わらずに。永遠に。
「愛して、おります。・・・様」
見つめる青い瞳を映して、見開かれた神の瞳に。
ふる、ふるり、と銀の水滴が浮かんで、震えて。
つい、と、またその頬を伝って、ほろほろと、落ちる。
――― え・・・?、と。
その涙が、哀しみか、憂いか、判断のつかぬ大天使は、急いで主を抱き締める。
ああ、分不相応な想いを、告げてしまった。ご不快であったかと。
究極の悪魔の態という枷から解き放たれて、貴方が取り戻された、この涙という現象は。
千の刃より、万の矢より、私を、私の心を貫いて、切り刻んで、おしまいに、なる。
「ああ、お許しください・・・っ」
どうか、どうかお泣きにならないでください、と、この日、一番焦った声で言い募る愚かな天使に。
くすり、と主はその胸の中で、泣きながら、笑う。
そっか、お前は、知らないんだね。世慣れぬ大天使サマ。
・・・涙は、嬉しくても、出るんだって、ことを。
――― 悔しいから、絶対に、教えてなんか、やらない、けど。
それでも、焦ったまま困り果てる下僕を放置するのは、可哀想で。
「ウリエル」
「は、はい」
優しすぎる神は救いの手を差し伸べてやる。
「俺を泣かせた罰に」
キス、して、泣き止ませて。
天国まで、連れて行って。
「――― 好き、だよ。俺の、大天使」
そう、甘く、胸元で響く、涙に濡れた命令は。
ドクリ、と、制御できぬほどの熱を、天使の胸に身体に熾させて。
もう、祈りの言葉も、許しを請う言葉も、愛の言葉すら、告げる暇も無く。
深く深く抱き締めて、神の動きを止め。
噛み付くように口付けて、神の呼吸を盗み。
熱を。止まらぬ熱を、叩きつけて、神の思考を奪った。
「ウリ、エル・・・ッ」
「あな、たと、いう、かた、は・・・っ」
どこまで、私を、貴方に、縛り付ければ、気が済むのですか。
「あんっ、んっ。い、ぃぃ・・・っ」
「もう、だれ、にも、わたしま、せん」
・・・誰かに貴方を奪われるぐらいなら。
「・・・あ、あぁ。ころ、してぇ・・・っ」
「おおせの、まま、に」
殺して、さし上げます。私の、この熱で。燃やし尽くして。
文字通りの殺し文句を睦言とする、不穏な天使の背を、神の腕が抱く。
突き上げられる快楽に耐え切れずに、翼を掴む指が齎す痛みは、甘い。
「ね、ね・・・ぇ、ぃ、く、い・・・く・・・っ・・・」
眩暈がしそうなほどに、甘く切ない声。これまでに、もっともキツく甘く締め付ける神の、内。
ああ、天へとお行きになられますか。ならば。
「お供、いたします、我が主」
――― どこ、までも。
何度、貴方が転生をされ、新たな理を目指されようとも。
天の果て、煉獄の内、水の底、地の限り。
追いついて、追い詰めて、捕まえてさしあげましょう。私のこの、白いcageの中に。