cage 〜檻〜 6



神とは永遠に満たされてはならぬモノ。
真に満たされたとき、それはもはや神ではないナニカへと成り下がる。




――― さすがに、お辛い、か。

もう、何度目か、数えることもしなくなるほどに、達した後に。
つ、と。閉じられた灰色の瞳から透明な雫が流れ。
追い詰めすぎたかと、きりり、と天使の心が罪悪感で引き絞られる。

・・・お許し、ください。
いつも、いつも。貴方が気を失われるまで、この腕の中から離せぬ、この、愚かな、下僕を。


膝に乗せ、向かい合い、深くその身を貫いた、慣れ親しんだ体位で。
目の前のすべらかな頬を、ゆっくりと流れ落ちてくるそれを舌と唇で受け止めて。

「・・・様」
懐かしい、名を、呼んでみる。

それは、創世と共に捨てられた名。・・・人としての名、悪魔としての名は神には不要である、と。

パチ、と開いた灰色の瞳は、どこか怪訝そうに下僕の青い瞳を探して、その故を問う。
なぜ、その、禁じられた、名を、と。

潤んで赤みを帯びた、悪魔的に色香を示す神の瞳に、トクリと欲を煽られながらも。
ふ、と柔らかく微笑んで、天使はその答えを返す。

「・・・貴方が人であられても、悪魔であられても、神であられても」
他の何になられようとも。・・・他者の傍に、在られようとも。変わらずに。永遠に。

「愛して、おります。・・・様」

見つめる青い瞳を映して、見開かれた神の瞳に。
ふる、ふるり、と銀の水滴が浮かんで、震えて。
つい、と、またその頬を伝って、ほろほろと、落ちる。

――― え・・・?、と。
その涙が、哀しみか、憂いか、判断のつかぬ大天使は、急いで主を抱き締める。
ああ、分不相応な想いを、告げてしまった。ご不快であったかと。

究極の悪魔の態という枷から解き放たれて、貴方が取り戻された、この涙という現象は。
千の刃より、万の矢より、私を、私の心を貫いて、切り刻んで、おしまいに、なる。


「ああ、お許しください・・・っ」
どうか、どうかお泣きにならないでください、と、この日、一番焦った声で言い募る愚かな天使に。

くすり、と主はその胸の中で、泣きながら、笑う。
そっか、お前は、知らないんだね。世慣れぬ大天使サマ。
・・・涙は、嬉しくても、出るんだって、ことを。

――― 悔しいから、絶対に、教えてなんか、やらない、けど。


それでも、焦ったまま困り果てる下僕を放置するのは、可哀想で。

「ウリエル」
「は、はい」

優しすぎる神は救いの手を差し伸べてやる。

「俺を泣かせた罰に」
キス、して、泣き止ませて。
天国まで、連れて行って。

――― 好き、だよ。俺の、大天使」

そう、甘く、胸元で響く、涙に濡れた命令は。
ドクリ、と、制御できぬほどの熱を、天使の胸に身体に熾させて。

もう、祈りの言葉も、許しを請う言葉も、愛の言葉すら、告げる暇も無く。

深く深く抱き締めて、神の動きを止め。
噛み付くように口付けて、神の呼吸を盗み。
熱を。止まらぬ熱を、叩きつけて、神の思考を奪った。



「ウリ、エル・・・ッ」
「あな、たと、いう、かた、は・・・っ」

どこまで、私を、貴方に、縛り付ければ、気が済むのですか。


「あんっ、んっ。い、ぃぃ・・・っ」
「もう、だれ、にも、わたしま、せん」

・・・誰かに貴方を奪われるぐらいなら。


「・・・あ、あぁ。ころ、してぇ・・・っ」
「おおせの、まま、に」

殺して、さし上げます。私の、この熱で。燃やし尽くして。


文字通りの殺し文句を睦言とする、不穏な天使の背を、神の腕が抱く。
突き上げられる快楽に耐え切れずに、翼を掴む指が齎す痛みは、甘い。

「ね、ね・・・ぇ、ぃ、く、い・・・く・・・っ・・・」
眩暈がしそうなほどに、甘く切ない声。これまでに、もっともキツく甘く締め付ける神の、内。

ああ、天へとお行きになられますか。ならば。
「お供、いたします、我が主」

――― どこ、までも。

何度、貴方が転生をされ、新たな理を目指されようとも。
天の果て、煉獄の内、水の底、地の限り。
追いついて、追い詰めて、捕まえてさしあげましょう。私のこの、白いcageの中に。



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人修羅の「涙」については色々な受け止め方があると思いますが。※以下反転
管理人は大変都合よく「心の在り様」だろう、と解釈しています。
人、としての自分を全否定した時点で、涙は流せないのでは、無いかな、と。
人の心を、どこかで否定せずに持ち続けていれば、涙は流せるんじゃないかな、と。
このcageでは人に戻る=転生準備段階の中途半端な神なので、涙は出ます。滅多に出ませんが。
もちろんボルテクスでは泣いたことは無かったタイプなので、それはもう、泣かれた日には
ウリエル、大弱り。どう対応していいか分からなくて、心の底から、困ると思います。

・・・つまり、今作では、いつまでも止まらないヤツを止めるために泣いていただいたのでした・・・。