――― なあ、避暑にでも、行かないか、と。
いきなり鳴海が言い出したのは、学業も仕事も世間とのあれこれも激減する、盆の終わりごろ。
知り合いが近隣の県で小さな宿を始めたんだけど、閑古鳥だから格安でいいって、連絡が来てさ。
ああ、近場だから2、3日ぐらいなら構わないって、ヤタガラスからも許可もらったよ、と。
微妙に視線を逸らして語る様子から、どうやら少しの嘘が混じるらしいとライドウとゴウトは知る。
ただ、その嘘が。自分への。
彼を失ってから、いや、その少し前からずっと、どこか歪な自分への気遣いであることを。
頭では理解できたライドウは、上司の提案に小さく肯いた。
そして、数日後。
彼の魔方陣が己を支配する地の呪縛から逃れたいと、願っている心を、どこか哀しく思いながら。
残酷な悪魔の気配が、未だに色濃く残り続ける、愛しい帝都を出立し、
ゴウトを連れて、ライドウは鳴海と共に暫しの旅に出た。
着いたのは、とある高原にある、素朴な宿。
鳴海の昔の知り合いだという宿の主は、帝都のホテルでコックをしたこともあるらしく。
その妻と共に育てた野菜や、近くの川で取れたという魚を使って作られた心づくしの料理は、
その豊かな味以上に、こめられた気持ちが宿泊者を喜ばせた。
『なかなかに、良い宿だな』
客が自分達だけ、ということで、問題なく受け入れられたゴウトが満足げに呟くのを聞きながら。
ライドウは近くにあるという温泉場に向かう。高原、というだけあって、帝都に残る夏の蒸し暑さなど嘘のように、空気が涼やかで心地良い。
爽やかな風を受け、美しい葉陰を落とす、白樺を見ながら、ほんの少し。
ほんの少しだけ、かの地にあった時よりも柔らかくなれた自分の心持に気付いたライドウは。
これまたほんの少しだけ、宿で葡萄酒をかっくらって寝くたれている鳴海に感謝をした。
◇◆◇
・・・地元の子供だろうか。
湯につかってしばらくその温みに眼を閉じているライドウの耳に、ひそ、と幼い声が届く。
内容は詳しくは分からないが、対象はどうやら。
「僕に、何か、用か?」
バシャバシャ、と大きな水音が起こる。いきなり声をかけられて焦ったのか、器用にも温泉で溺れかける子供たちの手を引っ張ってやりながら、驚かせて悪かった、とライドウは言った。
近くに住む、圭太、という名の子供を中心とする3人組は、混乱がおさまると、素直にライドウに礼を言った。いや、と短く返すライドウを見ながら、また彼らはひそひそと相談をする。
(な、なあ、どうする。たのんで、みる?)
(うん。あんましゃべんないけど、いい兄ちゃんみたい、だし)
(でも・・・湯につかっても帽子を取らないのは・・・帝都の流行なんかなぁ)
(そんなことより、ダメでもともとだし、やっぱ、たのんで、みようよ)
((そ、そうだよな。ここいらの大人はあてになんないし))
「に、兄ちゃんって、さ。タンテイってヤツだよな」
やっと、話がまとまったかと思いながら、肯くライドウに。
お願いがあるんだ、と、とても真剣な六つの瞳が言葉を続けた。